高木徹也著「なぜ人は砂漠で溺死するのか?」

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題名とは異なる内容

タイトルを見て、何か不思議な出来事を解明する本かと思いましたが、全く異なりました。著者は法医学者、監察医であり、日本での死因、解剖等についての著作でした。

法医学者の少なさや司法解剖等の実施率の低さに、驚きました。

「解剖はするべきでない」と知人に言われたことがありましたが、解剖の実際の記述を読むと、その理由がよく分かります。勿論、犯罪解明やその他のために必要な解剖は実施されなければならないのは、当然ですが。

一般的に誰もが知っている、実際には見ることが少ない(詳しくは知らない)死亡診断書等、勉強になる記述が沢山あります。それくらい「死」について知らないということなのでしょう。著者が言うように。

一読をお勧めします。

「厚生労働省の発表によれば、2007年に亡くなった方のうち警察官の検視、もしくは医師による検案の対象になった『明らかな異状死』は13・1%。しかし医療機関が異状死として届けなかった数値を加えると、現実の異状死は2割を超えるとする意見もある。」

「しかし財政上の理由などもあって現在、監察医制度は東京23区、大阪市、神戸市、横浜市、名古屋市でしか運用されていない。厚生労働省の研究班が2001年に実施した全国調査によると、異状死に対する行政解剖・承諾解剖の実施率は、監察医のいる地域で24~90%なのに対し、警察の依頼を受けて大学病院などが行政解剖を行う他のほとんどの地域ではI%前後に留まっている。東京や大阪で行政解剖によって犯罪性が露見した確率を当てはめてみると、解剖率が低い県では毎年―件以上、犯罪が見逃されている計算になるという。亡くなった地域によって、死者の『人権』がきわめて不平等に扱われているのである。全面的な監察医制度の導入は予算上難しいにしても、行政解剖による不審死の解明は各自治体でもっと進められるべきだろう。

ちょうどいい機会だから、ここで司法解剖・行政解剖・承諾解剖について簡単に説明しよう。犯罪性のある死体に対して、刑事訴訟法と死体解剖保存法、さらには裁判所の鑑定処分許可状に基づいて行われるのが司法解剖(遺族の同意は不要)。監察医制度のある地域で、死体解剖保存法に基づき、犯罪性のない死体の死因究明のために行われるのが行政解剖(遺族の同意は不要)。監察医制度のない地域で死体解剖保存法に基づき、遺族の同意を得て死因究明のために行われるのが承諾解剖だ。」

「どんなに大きな総合病院でも、死亡した患者の死因がすぐに特定できない場合、医師は『異状死』として警察に届け出なければならない。それは第1章でご紹介したとおりだ。その総合病院が東京23区内にあれば、警視庁の検視官が死体を検視して『犯罪性なし、ただし死因不明』と判断されて、東京都監察医務院に検案要請が来る(犯罪性アリの場合は司法解剖。その場合は東大や慶大など法医学教室に運ばれる)。先のCさんのケースでも、当初は監察医務院の検案班が病院に急行した。しかし、死因を確実に特定するには至らなかったので(ある程度、予想はしていた)、監察医務院まで遺体が運ばれ、たまたま解剖班の当番だった私が行政解剖を行ったわけだ。」

「一般的な行政解剖の場合、まずはじめに、肋骨を切り取って心臓を摘出する。そのとき、持ち上げた心臓から血液が流れ出るのだが、その色や流動性などの性状をよく観察することがきわめて重要になる。心臓が徐々に弱っていって止まったのか、それとも急停止したのか、垂れてくる血液の状態でわかるのだから。

たとえば、顔のうっ血、チアノーゼ、強い死斑など明らかに急死の所見があって、胸を開いてみると心臓が肥大しており、持ちあげると流動血がさらさら流れたとする。死因としては、心筋梗塞の疑いがきわめて濃い。そんなときは、取り出した心臓をホルマリン液にいったん仮浸けしておき、後でじっくり観察することもある。1時間程度浸けておくと腐敗の進行も止まるし、まな板の上で切ったときも組織や病変がきれいに見えるのだ。

さて、死因となる症状が現れてから、完全に心停止するまでがごく短時間であれば『「急性心不全』という。これは死因というより、心臓が停止した際の状態を指す言葉だ。この急性心不全で亡くなった遺体の場合、心臓を持ちあげるとさらさらの血液が流れる。これを『性状は流動性あり』という。心筋梗塞や不整脈による心室細動など、心臓血管系の病気では心臓が一瞬のうちに停止するため、この状態になる。

そこまでの急死ではなく、10分~1時間かけてゆっくり心臓が停止した場合は、『亜急性心不全』という。その際、血液の性状は『少量の軟凝血が混じる流動性』となる。同じ急死でも、脳出血やくも膜下出血など、脳の血管系トラブルで倒れた場合は、脳がダメージを負っても心臓はしばらく動いているため、そのあいだに尿が作られて膀胱に溜まるし、それが失禁となる場合もある。心臓が一瞬で止まれば、逆に失禁することはない。

心停止までに1時間以上かかっている場合は、『慢性心不全』、あるいは『心不全の遷延』という。その際の心臓血の性状は『豚脂様凝血』といい、血液中のタンパク質であるフィブリンという成分が固まって、白い豚の脂のようなものが多数見られるようになる。」

「いま私の手元に、東京都監察医務院がまとめた『平成21年度統計表及び統計図表』とい

う最新のデータ集がある。

 それによれば、平成20(2008)年の1年間に、東京23区内で死亡した人の総数は6万8011人。そのうち死因不明の『異状死』として扱われた数は1万2989人。全死亡者の19.1%にあたる。そのすべての異状死体に対し、常勤の監察医や私のような非常勤監察医が検案を実施し、それでも死因が特定できなかった2661人に対して、行政解剖が行われた。解剖率は全異状死体の20.5%、全死者の3.9%に及ぶ。東京23区内で亡くなったすべての人の100人に4人は、解剖によって死因が特定されていることになる。もちろんこうした解剖実施率は、東京23区が全国でもダントツの1位。わが国で死因究明制度が最も進んでいるのは東京23区なのだ。

 さらに、平成20年に異状死した1万2989人を死因別で分けると、病死69.1%、交通事故などの災害8.6%、自殺15.3%、可法関係・他殺2.1%、その他不詳の外因1.5%、不詳の死3.4%となっている。死因不明の異状死として発見された場合でも、よく調べてみると、そのうち約7割は病気で亡くなっていたわけだ。

 だが、ここで注目してもらいたいのは、病死のデータではない。異状死の15.3%を占める自殺についてである。

 平成20年に、東京23区内で自殺した人は1981人(男1318人、女663人)。それをさらに死因別で見ると、縊死1084人、飛び降り386人、その他(農薬以外)の化学物質・有害物質による中毒174人、交通機関101人、溺死69人、催眠剤・向精神薬等64人、鋭器64人と続く。自殺の方法としては、依然として総死、つまり首吊りがもっともポピュラーだといえよう。」

「その縊死に、定型的縊死と非定型的縊死があるのをご存じだろうか。

 定型的縊死とは、首を吊ったときに紐の結び目が身体の中心線上の背中側にあり、全体重が首に左右均等にかかっていて、手足がどこにも触れていない状態での縊死である。心臓から頚部、すなわち首を通って脳に至る重要な動脈は、前側の左右にある総頚動脈、首の奥の左右にある椎骨動脈の4本がある。定型的縊死では、自らの体重でこの4本の動脈が一瞬で遮断されるため、ほぼ即死する。しかも4本の動脈と4本の静脈が一瞬で止まるから、顔のうっ血もない。一瞬で心停止するから、失禁や射精などの生体反応も起きない。だから定型的縊死では、体が非常に清潔な状態に保たれたまま死ぬ。日本の絞首刑では、受刑者はこの定型的縊死で死亡する。ちなみに、死刑になった者にも死体検案書は当然、発行される。その場合の死因は『刑死』。死因の種類は『11その他及び不詳の外因』になる。

 だが、これまでに多くの縊死自殺を見てきた経験によると、こうした定型的縊死は縊死全体の1%程度に過ぎない。本の枝、鴨居、カーテンレール、ドアクローザーなどに紐をかけての首吊りは、ほぼ間違いなく非定型的縊死になる。定型的縊死は完全に宙吊りの状態にならなければならず、体が一部でも本の幹や何かに接していれば、そこに体重の数%が逃げてしまうからだ。

 縊死の99%を占める非定型的縊死は、苦しい。というのも、4本の動脈のうち奥にある椎骨動脈の2本の血流がまだ生きているから、痛みや苦しさを感じるだけの意識が脳に残っているからだ。しかも、椎骨動脈で頭に血流が流れ込む一方、すべての静脈は簡単に遮断されてしまうから、一度頭部に入った血液は首から下に降りていかず、顔はうっ血して真っ赤に膨れあがる。苦しいから舌が飛び出す。窒息してもすぐには心停止に至らないから、失禁や射精をする……。『首吊りの死体は苦しげで、醜く、汚い』、こうしたイメージはすべて非定型的縊死によって形成されたものだ。」

「なぜ死の教育が行われないのか。理由の一つは、死についての研究が遅れているから。日本は解剖率が先進国のなかで最低レベルの、『死因不詳国家』なのである。適当な死因をつけられたがゆえに、死者の訴えが伝わらないまま闇に葬られる例は多い。もう一つの理由には、死に対する研究成果が社会にうまく認知されていないことがあるだろう。そもそも日本国内で解剖を行える法医学者は150人程度しかいない。法医学者は医科系大学に属する、いわゆる大学職員である。しかし景気の低迷を受けて人件費削減方向に進んでいる大学において、特に人員を減らされるのが、診療報酬が得られない法医学のような部署だ。いざ解剖を行おうとしても、解剖する人員が足りなければ、充実した死因究明はできない。

 一方で法医学はその内容上、多様な省庁とかかわってもおり、厚生労働省、文部科学省、法務省、警察庁、その他の行政からそれぞれ法医学の成果を期待されている。が、国家が法医学を振興してくれるかといえば、さにあらず。政治家や役人は縦割りでしか動かないため、法医学には庇護どころかしわ寄せが来ているのが現状だ。

 研究の遅れ、認識不足、パラパラな行政対応……これらの理由で日本では『死因』について語る文化が育っていない。結果的に国民は死に対して漠然とした恐怖心を抱き、論理的に昇華できないために偏った宗教にはまったり、感情論だけで裁判が行われたり、もしくは自ら命を絶とうとする人まで出現する事態に陥っている。」