慎泰俊著「ルポ児童相談所」

児童相談所とその付属施設である一時保護所についてのルポルタージュです。
児童相談所管内で子どもの虐待死が大きく報道されます。しかし、私たちは安易に児童相談所を批判したりしますが、その実態を知りません。特に一時保護所は存在すら知られていないのではないでしょうか。
両者ともその内容に相当な格差があることが、このルポから分かります。子供に安心、安全を約束する所と、規則でがんじがらめにする、まるで刑務所のような施設に分かれるようです。
何故後者のようになってしまうのかは判っています。改善方法も誰もが知っています。事例も沢山、しかも身近にあります。しかし、改善されません。改善されない原因も判明しています。でも、できません。
著者も様々な事柄を例示しますが、抜本的解決策を提示できません。その辺りがかなり物足りない部分です。
しかし、実態を知るには十分な書ではあります。

「私が長く関わる子どもたちの多くは都内の一時保護所を経験しているのですが、みなが囗を揃えて言うのが『一時保護所と児童相談所が、一番イヤな場所だった』ということでした。彼・彼女らは。次のように言います。

『あそこは地獄だ。思い出したくもない。男女間の規律が異常に厳しくて、お姉さんとの会話も許されなかった』。
『何をするにしても制限が決まっているのが本当に嫌だった。扉が二枚重ねで、すべてに鍵がかかっていた。大人がいる場所と子どもたちの生活空間の間には扉が二つあり、刑務所のようだった。悪いこともしていないのに、なんで自分はこんな刑務所のような場所にいるんだろうと思った』。
『児相の人が来て『二、三日だけでも来ない?』と言われ、二、三日ならと思って『はい』と言ったら、連れていかれて、結果として四ヵ月。がんじがらめのひどい場所で、自分としては騙されたと思っている』。

そういう話を聞くまで、私は児童相談所や一時保護所についてほとんど知ることがありませんでした。行政組織である児童相談所が多忙を極めていることは知っていましたが、一時保護所での子どもへの処遇についてはほとんど聞いたことがなかったのです。
私が一時保護所とその運営主体である児童相談所について関心を持ったのは、社会的養護出身者たちとの長い関わりを通じて聞いた話がきっかけでした。」

「X一時保護所は、関東のある児童相談所に併設されています。比較的しっかりした木造の建物で、コテージを巨大化させたものをイメージしていただければと思います。二階建てのほぼ正方形の建物で、三〇歩で隅から隅まで歩くことができます。

朝六時五〇分。電灯はどこにもついておらず、朝陽が差し込む場所を除いて、施設全体が暗く静まり返っています。
朝七時。職員たちが電気を一斉につけて、子どもたちの部屋に入ります。
『朝だよー、起きなさい』。
起きる時間は、早くても遅くてもいけないようです。三〇分早く目が覚めてしまって、プレイルームで遊ぼうとする子どもに職員が注意していました。『まだ遊ぶ時間じゃないから、お部屋で休んでなさい』と。私自身はこれまで寝坊して怒られたことは数知れませんが、早起きして怒られるのを見たのは人生で初めてでした。
職員に『なぜ早起きもだめなのでしょうか』と質問をしたら、『朝早く起きてしまうと、他の子どもがちゃんと眠れないから』と言われましたが、静かに布団を出て部屋で漫画を読んでいたりしたら問題にはならないので、不思議な回答に思いました。しかし、一事が万事こんな感じであることを後から思い知ることになります。
子どもたちは厳しい規律の下で生活しており、当然寝坊は許されません。定員三〇人のこの施設には当時二五人の子どもが寝泊まりをしていましたが、七時五分にもなるとすべての子どもが布団をたたんで寝室から出てきました。ものすごいスピードです。多くの一時保護所での生活には、異常に細分化された規律とスケジュール、それをきちんと守る子どもたちという特徴が見受けられました。
ある日、一人の幼児がおねしょをしてしまいました。多くの都市部の一時保護所と同様、ここも窓が開きませんので、ふとんを外に干すことができません。なので、職員が消毒液をつけた雑巾でそれを拭いて、風通しが多少は良好な廊下に干していました。
多くの一時保護所では、窓が五センチ程度までしか開きません。なぜそうしているのかと質問をしましたが、答えは常に同じです。『子どもたちが脱走しないためです』。
また、警備会社によって設置されたセンサーがあちこちに張り巡らされていて、そのセンサーに手を延ばすと職員室でアラームが鳴り、職員が駆けつけるようになっているところも多くありました。『一つ一つの仕組みが威圧的』と、一時保護所経験者は口を揃えます。

また、子どもたちは裸足でも靴でもなく靴下をはいて過ごさねばなりませんが、職員は全員スニーカーを履いています。なぜかと聞いたら『ああ、考えたこともなかったです』という回答が多く驚きましたが、ある職員からは『それは子どもが逃げ出しにくいようにしつつ、仮に逃げ出したときも捕まえやすいようにですよ』という答えが返ってきました。確かに廊下を靴下で走ろうとすると滑りますし、子どもが屋外を靴なしで歩いていたら周りの人々は奇異に感じて呼び止めるでしょう。唯一の例外は体育館やグラウンドで運動をするときで、このときは靴を履くことが許されます。
なお、すべての一時保護所がそうであるわけではありません。ある地方の一時保護所では、窓に鍵もなく、建物を出ていきたければいつでも出られるつくりになっていました。そこの職員はこう話していました。

『窓が開かないというような環境にいたら。自分たちは囚人なのかと子どもたちが思って苦しむ。子どもたちが一時保護所から逃げ出したいと思うとしたら、ここが子どもが避難して落ち着ける場所になっていない証拠だ』。
実際。その保護所の脱走率は他と比べ高くありませんでした。」

「ここまで読まれて、一時保護所はとんでもないところだと思われたかもしれません。実際、私が最初に住み込みをしたのはこの都心のX一時保護所でしたので、これは確かにひどいと思いました。
しかし、全国を回り、様々な一時保護所を訪問し住み込みをするうちに、全く違う場所もあることがわかってきました。
たとえば、神奈川県の中央児童相談所は比較的都市部にあるにもかかわらず、一時保護所は『保護所』という名前にふさわしい場所になっていました。
まず私が訪問して驚いたのは、ドアがすべて内カギであることです。鍵はすべて内側からかけるようになっており、子どもたちは鍵を開けて自由に外に出ることができます。さらに、外にはセンサーもなく、窓ガラスも当然のように全開できますし、子どもを外界と隔てる高い壁も存在しません。
所長さんは、『当たり前のこと。ここは保護所であって、子どもを守るための場所なのだから、子どもが逃げ出したがるような場所であるほうがおかしいと思います。子どもが脱走するのであれば、自分たちのやり方がちゃんとしているのか、それを考えるべきでしょう』と話します。
ここにいる子どもたちは毎週のように職員と外出をすることも、広いグラウンドで運動をすることもできるそうです。当然、夜寝室の前に監視するように立っている職員もいません。
また、子どもたちと職員たちのやりとりで印象的だったのは、子どもたちが職員にかなり生意気な囗をきいたりすることです。もちろん丁寧な言葉遣いができたほうが望ましいのですが、これは子どもたちが安心している証拠でもあります。規律でがんじがらめにするような一時保護所では決して見られない光景でした。
実際、子どもたちが児童養護施設や里親家庭にやってきて最初に行うのが職員や里親に対する反抗です。規律の厳しい多くの一時保護所では、こういった態度をとる子どもはいませんでした。それは力で子どもを押さえつけているだけで、子どもの心の成長においては決して望ましいものではありません。」

「(1)行動自由の制限
一時保護中は、入所した子どもを自由な環境の中で落ち着かせるため、環境、処遇方法等について十分留意する。無断外出が頻繁である等の理由により例外的に行動自由の制限を行う場合においても、できるだけ短期間の制限とする。
(3)制限の程度
子どもに対して行い得る行動自由の制限の程度は、自由に出入りのできない建物内に子どもを置くという程度までであり、子どもの身体の自由を直接的に拘束すること、子どもを一人ずつ鍵をかけた個室におくことはできない。

では、実態はどうなのでしょう。先述の『和田(二〇一四)』の調査によると。于どもの自由についての実態は次のようなものです。
まず移動の自由は基本的に制限されている場合がほとんどであり、友人など同年代の子どもたちへの連絡も禁止されていることがわかります(表2)。
建前上は、たいていの一時保護所において指導員や保育士と一緒での外出は許可されていますし、実際に職員と子どもが外出していることも多いと説明しています。しかしながら、それは『病院に行く』といった場合などに限られている場合が少なくありません。
私が訪問した都市部の一時保護所に『だいたいどれくらいの頻度で、子どもたちは散歩などの外出ができるのですか?』と聞いたところ、『そうですねえ、二、三ヵ月に一度くらいですかね』という答えが返ってきました。二、三ヵ月に一度の職員つき外出があるということで、外出の自由が保証されていると言うのには無理があるように思います。もちろん、いくつかの一時保護所では、毎週のように子どもが外出できます。」

「外出が不可能とされる理由として私がよく説明を受けたのは、次のようなものです。
第一の理由は、子どもの安全です。
一時保護においては、子どもを職権保護(児相が親の同意なしに子どもを保護すること。後に詳述)などで連れてくる場合があるため、親が半狂乱になって一時保護所に押しかけてくるといったことがあります。そのような状況において、いくら職員が一緒とはいえ、外出によって子どもが危険にさらされるかもしれないということです。また、外出中に地域の人に見つかってしまったら、その子どもが児童相談所に保護されていることが明らかになり、その子どものその後に悪影響があるという意見も聞かれました。
確かにそうかもしれませんが、半狂乱になった親権者が押しかけてくるのは一時保護所に限った話ではありません。児童養護施設や里親のところにも親が押しかけてくるという話はよく聞かれることです。また、施設や里親家庭に一時保護委託をした場合には、子どもの外出の自由は当然保証されるのですから、首尾一貫性がないように思われます。

第二の理由は、外出中の子どもの逃走防止です。
確かに職員が一人で三人くらいの子どもを見ていた場合、示し合わせて逃げ出したら、すべての子どもをその場で捕まえることは難しいでしょう。
しかしながら、ちょっと考えてみてほしいのは、そもそも子どもが逃げ出したがるような保護所とは一体どういう場所なのだろうかということです。子どもたちは犯罪を犯してここにやってきたわけではありません。一時保護所が子どもにとって心休まる場所なのであれば、そもそも逃亡などは起きないのではないでしょうか。
第1章で紹介したような、開くことのない窓や靴を履くことが許されない環境など、多くの保護所では、子どもたちが逃げ出すことを前提にまるで監獄のように様々な制度が設計されています。そもそもそれが間違っているのではないかと思われてなりません。繰り返しになりますが、虐待などが理由で親から保護された子どもをどこかに閉じ込めて、逃げ出したくなるような気分にさせる場所となっていることこそがおかしいのではないでしょうか。
これは私の個人的な見解というよりも、厚生労働省の児童相談所運営指針に書かれている内容でもあります。
件の運営指針は、子どもの無断外出を防ぐための方策について次のように書いています(第5章第3節6)。

(1)一時保護所からの無断外出は子どもの最善の利益を損なうことにもつながりかねないものであり、児童相談所としても、できる限りこれらの防止に努める。具体的な対応は、子どもの状態や当該児童相談所の体制に基づき工夫していくこととなるが、例えば、一時保護所からの自由な出入りを制限する、その子どもを他の子どもとは別の部屋で生活させ常時職員の目が届くようにしておく、その子どもに特別な日課を用意する、といった対応もケースによっては採りうるようにしておくことが考えられる。

まず、子どもの自由な出入りを制限するのは、『ケースによっては採りうる』ものであって、常時そのようにするのが望ましいとはどこにも書かれていません。
また『子ども虐待対応の手引き』第5章8-(2)には『職員との交換日記などで、自分の思いや気持ちの変化を引き出していったり、慣れてきたら職員が散歩に連れだすなどして、1対1でゆっくりと子どもが気持ちを出せるような機会をつくる』と書かれているのですが、そんなことを行っている一時保護所はほとんどありませんでした。

第三の理由として言われているのは、『忙しすぎる』というものです。
普段の業務に手一杯なので、そういった普段の日課にないようなことをするのができない、というのが主張です。
確かに職員のみなさんは忙しそうにはしていますが、児童相談所の中でも、一時保護担当の職員たちは家庭支援の児童福祉司たちと違って、定時で、もしくはわずかの残業で仕事を終えてさっさと帰宅している印象があります。積極的に残業を推奨するわけではありませんが、たった一時間勤務時間外労働をすれば、子どもたちを外出させることができるのではないかと思われます。結局のところ、忙しさはあくまでも口実であるような印象を私は受けました。」

「なぜ、個別対応をちらつかせ、そこまで強い規律を一時保護所で課する必要があるのでしょうか。そこには、単に一時保護所の運営主体のバックグラウンドだけではなく、その保護所が置かれている状況にも原因があるように思います。
規律が厳しくなる理由として第一にあげられるのは、一時保護所には非行、被虐待、精神障害の三種類の子どもが入ってくることです。
非行少年の中には、家出や万引きといった軽度のものから、放火といった重いものまで様々な罪を犯した子どもがいます。虐待を受けた子どもたちは心に傷を抱えており、ちょっとしたことでそれが爆発することがあります。さらに発達障害があり、育てにくさのあまり親に育児放棄をされた、といったような子どもまでいるわけです。一時保護所にいる子どものうち約二割は発達障害を抱えているという統計もあります。
こういった子どもたちを1ヵ所に集めて、集団生活を維持するのは大変なことです。
『普通のゆるい規律で子どもたちが生活するようにすると、トラブルが絶えなくなってしまうんです。荒っぽい子どもたちが、親からの虐待でおびえている子どもをいじめたり、精神障害の子どもが暴れてしまったり……』と、ある職員の方は話していました。『全く異なる背景を理由にここにやってきた子どもたちが集団生活を送り、すべての子どもの安心と安全を守るという最低ラインをクリアするにはどうすればいいのか。自分だってあまり抑圧的なことはしたくないが、個別対応をちらつかせながら、子どもたちを従順にさせる以外にやり方が思いつかない』と、ある職員は話していました。

第二の理由は、職員数の少なさです。
一時保護所で大変なのは、入ってくる子どもの年齢構成や抱えている問題が毎月のように変わっていくことです。たとえば二歳の幼児が入ってきたら、一人の職員はその子どもにつきっきりで対応しないといけなくなります。また、何らかのトラブルを起こす可能性が高いと思われる子どもが来た場合にも、職員はその子どもから目が離せなくなります。そんなことがあると、残された職員は一人でより多くの子どもの対応をする必要に迫られます。
こういった状況では、どうしても規律を固めて、その中で子どもたちが規則正しく生活するような規則を立てざるを得なくなります。一時保護所内の職員数が不足しているという意見は、ある調査では全体の八割に上っていました。

第三の理由として個人的に感じているのは、本章の冒頭のエピソードからもわかるように、そもそも職員が子どもの状況について想像力を持っていない場合が多いことです。
同じ場所で時間を過ごしながら子どもの状況を想像できないなんてことがあるのかと疑問に思うかもしれませんが、職員と子どもの間には決定的な違いがあります。それは、職員はいつでも外に出ることができ、一時保護所にいる時間は生活の一部でしかないのに対し、子どもは寝ても覚めても一時保護所内でのみ時間を過ごしているという点と、職員はルールをつくり順守させる立場にあるのに対し、子どもはそれに従う立場であるという点に代表されます。
よほど想像力と感性が豊かな人であれば別だと思いますが、そうでない人にとっては、相手の置かれた状況を理解するのは容易ではないのです。個人的には、すべての一時保護所の職員に対して、子どもと全く同じ状態で三週間ほど生活することを研修の一環として受けさせたほうがよいのではないかとすら思います。懲罰的な意味を込めて言っているわけではなく、そうでもしないと、子どもがどれ程の不安と被抑圧感を抱いてそこで暮らしているのかを理解できないのではないかと思うのです。
もちろん事情の異なる子どもたちを混合処遇しないことや人員配置の改善も重要ですが、それが改善されなくとも職員らの姿勢次第で一時保護所の雰囲気はだいぶ変わるのではないかと感じています。神奈川県の中央児童相談所の一時保護所などは、首都圏にあるにもかかわらず、比較的子どもが落ち着いて過ごしています。そこの職員の方たちと話していて感じたのは、子どもに寄り添おうとする意志でした。この児童相談所の所長は次のように話していました。
『一時保護期間は、子どもに寄り添うことが一番大切です。いろんな不安を抱えながらこの子たちはここにやってきます。そういった子どもたちに温かくて美味しいご飯と、規律でがんじがらめにはならない生活を提供するのが私たちの仕事です。そして、子どもと向き合って話を聞くという姿勢が必要なのではないでしょうか』。」

「このようなフローチャートを用意する理由は、児童相談所の恣意性を排除するためです。実際、児童相談所が関わっている家庭で子どもが虐待死するという事例はよく起きており、そういった際によく反省されるのが、『親の言い分を鵜呑みにせず、判断をしていれば』、『職権保護に伴う、親との関係性のもつれを恐れていなければ』といったものです。
先入観や事を荒立てたくないという意識が正しい意思決定を阻害するような場合には、こういったチエックシートとフローチャートを用いることで、ある程度ドライに保護の決定をすることができ、それによって子どもを守ることができます。また。親に対しても、客観的な基準があることを理由に保護を決定しているという説明をすれば、親との関係悪化リスクを小さくすることができます。」

「必要な情報を収集したうえで、児童相談所の定例受理会議や緊急受理会議で一時保護の検討がなされます。そして、児童相談所長の判断で一時保護の実施が決定されます。
私が訪問した各地の児童相談所では、議論の時には方針が決定しているため、一時保護を実施するか否かで会議が長引くことは少ないそうです。一案件あたりの所要時間は一五分程度の場合がほとんどです。
一方で、一時間以上を一案件について割く場合もあります。それは、一時保護を実施するか否かではなく、一時保護後の行き場が全く考えられない状態にある子どもについて、その次に何をすればいいのかわからないような場合です。
『施設措置が望ましいのは児相から見ると明らかだが、子どもが施設に行きたがっていない』、『父子家庭の子どもが、『母親のところに帰る』といって聞かない』、『通院必要、入院不要といったくらいの状況で、本来は自宅で生活すればよいのだが、現実問題として親に子どもを養育する能力がない』、『虐待は起きていないが、子どもが問題を抱えており、親が子育てに大変に苦労している』など、最善といえるような正解がない状態において、職員たちは思い悩みます。
私が近くで様子を見ていたケースに、親に養育の意思が全くないために児童養護施設に入所した子どもが、施設内で暴力事件と性加害を起こしてしまった、というものがありました。こういうケースにおいては、その子どもはいったん児童養護施設を離れて一時保護所に戻り、その次の処遇を考えることになります。
その後彼がどこに行くのか、最後まで結論は出ませんでした。暴力沙汰はさておき、性的な問題を起こす子どもが児童養護施設にやってくると、于どもたちの人間関係が大きく崩れますので、そういう子どもを敢えて受け入れようという施設は多くありません。里親家庭でも同様に、そういった問題の多い子どもは忌避されます。しかも、先に述べたように、彼の親は彼を養育する意思を持っていないのです。『この子は、この先どうすればいいのだろうか』という議論がされるものの、結論を出すのは非常に難しいことです。
次の方向性が見いだせないまま一時保護をしたものの、保護所内でも問題を起こしてしまい、個室に隔離され、一年間閉じこもって生活しているという少年がいました。かといって、私にできることはなく、無力感を抱くしかありませんでした。」

「積極的に一時保護委託に取り組んでいる組織には、『鳥取こども学園』や『こどもの里』などがあります。奇しくも両者ともキリスト教者が運営している施設とファミリーホームであり、私が今まで見てきた中で、もっとも優れた養育を提供している団体です。
鳥取こども学園は子どものために必要なものを徹底的に揃えてきた施設であり、他の施設では手に余ってしまう子どもですらも、ここに来ると穏やかになっていきます。二〇一六年には児童養護施設の歴史上初となる、高校卒業直後に海外の大学へ留学する学生を輩出しました。すべてのことを子ども中心に考えており、制度がないから子どもを支援しないということをせず、制度がない中で仕組みをつくり、制度変化を主導してきました。
たとえば、高校を中退して働いている少年などが利用することができる自立援助ホームを、鳥取こども学園は制度のない中で子どものために始めています。後にこの取り組みが制度化されるにあたって、同学園の藤野興一氏が大きな役割を果たしました。こういった『子どもに必要なことは何でもする』という観点から、一時保護委託専門のホームも作りました。そのホームは、まさに子どもたちにとっての駆け込み寺(教会)となっています。
こどもの里は、二〇一六年に『さとにきたらええやん』という映画にもなった児童館です。その所在地は、日本最大の日雇い労働者の町である釜ヶ崎です。貧困率が非常に高く、毎年一〇〇人が路上死するこの町に暮らしている四〇〇人の子どものうち、八割は就学支援を受けています。貧困は複合的なものであり、特に虐待とのつながりは強く、子どもは虐待や貧困のリスクに常に晒されています。そういった子どもたちのために、こどもの里は四〇年間にわたって誰でも来ることができる児童館と食堂を開放してきました。
里親や一時保護委託を始めたのも、現実に即してのことです。こどもの里の代表である荘保共子さんは、次のように話しています。
『(貧困状態にある家庭で)親が病気になった、出産する、家賃を払えず口ックアウトされた、そんな時子どもは突然いなくなる。そして児童相談所に保護されていた。その間、子どもたちは学校に行けず、親が引き取りに来るまで、ひょっとしたら迎えに来ないのではないかと不安の毎日を過ごすことを知った。養護施設や児童相談所に保護、措置された当事者から、親子分離体験や見捨てられ不安、嫌われ感。その後の心の苦しさについて多くを聴いた。
子どもたちに面会に行くうちに、釜ヶ畸の中に一時保護する場があれば、子どもたちは住み慣れた地域で同じ学校に通い友だちと過ごし、親に面会に行ったり逆に親が会いに来たりできる、と気づいた。そして、子どもたちや親子を一時保護として受け入れるようになった。
この一時保護の場の提供活動の実績が行政から認められ、補助金や委託費を受けられるようになったのは、一九七七年から約二〇年経ってからのこと』(『公衆衛生第八〇巻第七
号』医学書院、『子どもの貧困対策活動 居場所をつくる児童館の取り組み』より)。」

「一時保護委託がより制度として確立していったと仮定して、それを実際に拡げていくためには。三つのポイントがあると思います。
第一に、一時保護委託を受ける組織が児童相談所と緊密なコミュニケーシEンをとって仕事をすることです。
一時保護は介入の必要を認めたらすぐに行うべきなので、日々頻繁にコミュニケーシンをとっていないと、スムーズに一時保護委託をすることができません。
たとえば鳥取こども学園では、児童相談所の所長経験者らが職員となって働いており、そのために児童相談所ととても強い関係性をもって一時保護委託を実施しています。園内には一時保護委託に特化した部門が存在しており、一時保護期間が長くなりそうな子どもについては、鳥取こども学園で保護するという機運がたっています。このことは、鳥取の一時保護所における一時保護期間が平均して七日と非常に短くなっていることに貢献しています。
第二に、子どもの安全を確保するための仕組みをつくることです。
一時保護委託を推進する際に懸念点としてあげられるのは、『激昂した親がその里親家庭や児童養護施設に乗り込んできて、暴力事件などになったらどうするのだ』というものです。しかしながら、里親家庭ならさておき、児童養護施設等であれば親がそうやって駆け込んできても対応できる、という回答がある程度聞かれました。また、里親家庭で一時保護委託をした場合であっても、必要な司法手当を行ったり、警察との連携をしていればリスクは最小限に抑えられる、という声もあります。
『一時保護所から措置されて児童養護施設や里親家庭にやってきた子どもであっても、親が子どもを取り戻しにやってくることはある。しかし、常に警察などとやり取りをしておいて対応をすればいいだけの話』という意見もありました。
もちろん、子どもを取り返しに包丁を持って突撃してくるような親もいることは確かです。そして、そういったリスクが非常に高いと判断すれば児童相談所で預かる、という判断をすればよいように思います。
第三に重要なのは、一時保護委託先となる施設や里親家庭の地域における信頼度を高めていくことです。先に述べた鳥取こども学園やこどもの里は、地域では非常に高い評判を確立しており、たとえば『児童相談所での一時保護は受け入れないが、こどもの里の一時保護委託なら認める』という親が少なくありません。また、施設や里親家庭に行くことが、子どもにとってのスティグマとならないようにするためにも、地域の評判向上は重要となります。
こういった信頼はすぐに築けるものではありませんが、一時保護の持つ強制力に鑑みると、児童相談所やその委託先である施設や里親家庭が親から信頼されるものになることが必要なのではないでしょうか。
この主張に対し『実際にめちゃくちゃな親と毎日対峙していないから、そんなことが言えるのだ。あの親たちが他人を信頼するなんてことは、ありえない』という反論が返ってくるかもしれません。確かにすべての人から信頼を得るのは簡単ではないですが、地域の信頼を得るために社会的養護のプレーヤーたちができることはもっと多くあるように思います。
繰り返しになりますが、虐待を受けている子どもたちには何の罪もありません。その子どもたちが親のみならず、友人や近所の人々、学校の先生などから『神隠し』のように引き裂かれ、さらに自由が大幅に制限されるという状況はおかしくないでしょうか。子どもたちの痛みを本当に自分のことのように考えるのであれば、いくらでもよりよい対応ができるのではないかと、私は思うのです。」

「一時保護を適切に行うためには、地域の子どもを守るための活動を児童相談所だけが担うのではなく、子どもに関わるプレーヤーたち全員でやろうという機運を起こすことが重要だと思います。これは難易度が高いことではありますが、子どもの保護がきちんとできている地域では自然と当事者間の連携がされています。
こどもの里では、地域の人々を巻き込んで独自にケース会議を行い、一〇〇人以上の要注意状態の子どもたちについて頻繁に議論をしています。そして、その子どもが危ないなと思ったら児童相談所にその子どもを保護する必要性を説き、自分たちで一時保護委託を引き受けるという、とても主体的な動きをしています。
同じような取り組みをしているのは、平塚市です。ここでは、少年警察ボランティア(警察から委託された民間スタッフで、少年の非行防止や保護のために活動する)をしながら地元の有名なクリーニング店を経営している方と、その兄である小学校の元教頭が中心となり、警察、学校、児童相談所、地域で子どもの危機を未然に防ぐ取り組みを行っています。具体的には、関係者が綿密にコミュニケーションをとり、危ない状態にある子どもたちをリストアップし、一時保護が必要であればそれを進めつつ、可能な限り子どもたちが地域でやっていけるように努力しています。たとえば、家でまともに食事をとれていない子どもたちに、夏休み期間に祭りの手伝いをしてもらい、その代わりに毎日食事を提供するといったことをしています。
児童相談所よりも地域の人々が子どもの状態をよく把握できるのは、当然といえば当然でしょう。いくら児童福祉司が家庭を頻繁に訪問したとしても、家庭は児童相談所の職員に対して常に身構えている状態にあります。一方で、地域の中で常に身構えてはいられないので、その家庭の素の状態が地域コミュニティには明らかになっているのです。
この『地域で児童相談機能を持つこと』は、今後の児童相談所のあり方の答えではないかと考えています。最終章でより詳しく見ていきたいと思います。」

「児童相談所内で虐待対応をするのは児童福祉司たちです。児童福祉司の業務内容は、子どもの親の相談に応じること、虐待が疑われるケースなどにおける調査活動、子どもの支援方針の策定、子どもに関わる各種関係者との調整など多岐に亘ります。
児童虐待対応の急増を受けて、児童相談所は過去一五年で一七四ヵ所から二〇七ヵ所に増え、児童福祉司は一二産〇大から二八二九人に大幅増員されました。多くの行政予算が削られていっている現状において、この伸びは目覚ましいものがあります。
しかしながら、児童福祉司の増員は虐待相談対応件数の伸びに追いついていないのが現状です。児童福祉司数はこの一五年で二倍強になったものの、虐待相談対応件数は八倍弱となっています(図20、21)。
虐待相談対応件数を児童福祉司数で割ると、一九九九年における児童福祉司一人あたりの虐待相談対応件数は九件でしたが、二〇一四年のそれは三一と、三倍以上に伸びています。もちろん虐待相談対応件数が増えたとはいえ深刻なケースの比率は減っているはずなので、業務量が三倍以上になったというわけではありませんが、多くの関係者らが、一五年前と比べて仕事量が二倍は増えたと話しています(図22)。」