大鐘良一、小原健右著「ドキュメント宇宙飛行士選抜試験」

 2008年にJAXAが10年振りに実施した宇宙飛行士選抜試験の密着レポートです。NASAを含め、これまで宇宙飛行士選抜試験が公開されたことがありません。ですので、画期的な取材です。

 応募者は963人。1次選考で230人、2次選考で48人、3次選考で10人に絞られ、最終選考はNASAで行われ、23名が宇宙飛行士候補となります。この10人の密着ドキュメンタリーです。

 彼ら・彼女らがとてつもなく優秀な人たちだ、ということが分かります。しかし、スーパーマンではありません。冷静な判断力、リーダーシップやフォロワーシップが求められますが、全ての分野に関し及第点を採らなければなりません。現在健康なのは勿論、将来的健康リスクがあれば、それだけではねられます。また、閉鎖環境に弱い人も、それだけで駄目です。

 1次選考や2次選考で出題される問題は特に難しくはありません。しかし、範囲がとても広いです。

 最終選考は実にハード。そこでみるものは究極の「人間力(定義が曖昧)」、総合力です。

 また、日本とアメリカでは、宇宙飛行士に求められる資質が異なることも興味深いです。それぞれの政府や国民の考え方の違いからです。

 

 

 

2008年6月に始まった、宇宙飛行士の選抜試験。まず963人の応募者は、志願書や経歴書に加えて、健康診断書などの提出が求められた。そして、最初の書類選考と英語の筆記・ヒアリング試験で、4分の1以下の230人に絞られた。宇宙飛行をするためには、健康でなければならない。がんなどの3大疾病はもちろんのこと、生活習慣病を発病している人や、その恐れがきわめて高い人は、この段階で不合格となる。また英語力は、世界各国の宇宙飛行士とコミュニケーションをとる上で必須だ。

続く8月、230人を対象に、1次選抜試験が行われた。試験ではさらに詳細な医学検査と、心理・精神面の検査が重点的に行われた。選ばれた人間は、宇宙に長期間、滞在することになる。そのためには、体だけではなく、心理・精神の面でも、健康である必要がある。

 宇宙は空気がなく、ほぼ真空で無重力状態。そこに浮かぶスペースシャトルや国際宇宙ステーションは、密閉された狭い空間だ。体調を崩しても医師に見てもらうことはできないし、嫌になったからといって逃げることもできない。心身ともに健康でなければ、宇宙では暮らせない。

 また宇宙飛行士は、科学や工学の知識を備えていなければならない。日本を始め、世界の研究機関から依頼された宇宙科学実験を行うことも、重要な任務の一つであるからだ。人類の将来の宇宙進出を想定して、『宇宙で生物の細胞がどのように分裂・生長するのか』や、『タンパク質など薬の原料となる物質がどのような特性を示すのか』など、科学の様々な分野における最先端の実験を行わなければならない。このため、1次選抜試験では、数学・物理・化学・生物・地学の5科目試験を含め、一般教養や科学の専門知識の筆記テストも行われた。

 その具体的な試験内容について、いくつか触れてみよう。

 まずは、心理・精神面の適性検査。500程度の質問事項に、『Yes』もしくは『No』で回答する。質問は、『毎日の生活は充実しているほうだ』『体は人並みに健康である』『人づきあいは良いほうだ』といったありがちなものから、『私は神の使者である』『頭の中で人の声が聞こえる』『時々、悪霊にとりつかれる』などの突飛なものまで、多岐にわたっていた。

 次いで5科目試験。たとえば数学では、『1から100までの整数のうち、3でも5でも11でも割り切れない整数の個数は?』『x²十y²=1と直線x+2=kが交わっているとき、kの最大値は?』といった、中学入試から高校数Iレベルまでの問題が出された。また、地学では、『恒星の南中時刻は1日に何分早くなるか、遅くなるか?』『恒星との距離の測定方法で適切なものは何か?』などが問われた。

 最後に、一般教養試験での問題をいくつか挙げると、『内閣不信任案が可決された場合、内閣は何をしなければならないか?』『2008年現在、65歳以上の高齢者の総人口に占める割合は15%以上か否か?』『次の絵画の作品と作者の組み合わせで正しいものを選べ』『日本三景を選べ』というように、政治、社会、地理、芸術など様々な分野から出題された。

 こうした試験を経て、230人の応募者は48人まで絞り込まれた。厳しい訓練に耐えてきた自衛隊員や、世界で活躍する金融マン、イギリスの研究機関で働く女性研究者、さらには脳外科医など、あらゆる分野のプロフェッショナルたちが選ばれた。

 10月。残った48人から、最終選抜試験に進む候補者の10人を選ぶ第2次選抜試験が、1週間をかけて行われた。

 試験では、心身が健全であるかどうかがさらに細かく、そして徹底的に調べられた。人間ドックで定評のある都内の医療機関などに協力を仰ぎ、4日間かけて、まさに『頭のてっぺんから内臓、そして足の爪先まで』、体のあらゆる機能を調べつくすとともに、心理学者や精神科医による検査が行われる。

 どんなに優秀な人間でも、20代後半から30代に入ると、体のどこにも問題がないという人はいない。しかし宇宙飛行士は、引退するまで、一定レベルの健康を維持しなければならない。今は健康でも、厳しい訓練を終えて実際に宇宙に滞在することになる5年、10年、20年先に病気になってしまえば、意味がないからだ。

 これらの医学的な審査とともに、非常に重要なウェイトを占めるのが面接試験である。応募者たちは第2次選抜試験で初めて、JAXAの審査委員たちと直接、顔を合わせた。」

 

「そしてJAXAは、今回の選抜試験にこれまでにない大きな意味を持たせていた。

資質審査委員長を務めたJAXAの長谷川氏は、次のように野心を語っていた。

『国際宇宙ステーションに、乗組員の1人として長期滞在するだけでは物足りない。″船長″になって、他国の宇宙飛行士を率いることができるような優秀な人材を選び出したい』

 世界のリーダーになれる人材の獲得。その目的を達成すべく、JAXAは今回の試験を、これまでの採用試験の中で最も厳密なものにしようとしていた。

 宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士の主な任務は、大きく分けて2つある。1つ目は、宇宙にしかない特殊な環境を利用した『宇宙科学実験』だ。ほぼ無重力状態の宇宙ステーションの中で、たとえば、2つの材料を混ぜ合わせて新たな材料を生成するとき、重力のある地上と異なる材料が生まれる可能性がある。その新たな材料をつくりだす実験や、将来の火星探査といった人類のさらなる宇宙進出に備えて、宇宙空間が生物にどのような影響を与えるのかを遺伝子レベルで調べる実験など、様々な研究を行わなければならない。これらの実験を、『オペレーター』として実施するのが、長期滞在している宇宙飛行士たち6人の仕事だ。

 2つ目は、この宇宙ステーションそのものを建設し、維持、管理することだ。さらに故障やトラブルに対応し、修理するなど『整備士』としての役割も求められる。

 国際宇宙ステーションとは、宇宙に浮かぶ大きな『船』だ。飛行機や艦船と同じように、 指揮命令系統をはっきりさせる必要がある。したがって、リーダーとして全体の指揮を執る、『Commander(コマンダー)=船長』の責任は重大だ。

 宇宙ステーションには、据え置きのテレビカメラが各所に備え付けられており、地上でも生で、宇宙飛行士たちの活動の様子を見ることができる。しかし画質はそれほど良くなく、またプライバシーなどの観点から、あらゆる場所にあるわけではない。

 このため、宇宙飛行士同士の人間関係といった″ソフト面″をはじめ、機器の組み立てや点検などの″ハード面″の作業が滞りなく進んでいるのかなど、宇宙ステーションの中で起きていることすべては、地上では把握しきれない。たとえば宇宙飛行士の間で不平不満などが出ていないかは船長にしか把握できず、対応策は船長に委ねられることになる。

 また、壁1つ隔てた外界はほぼ真空で、マイナス100度以下の宇宙空間だ。気圧を調整するバルブを誤って壊したり、電気配線をショートさせて発火を引き起こすなど、1つのミスが、全員の命を危険にさらしてしまう。そうした非常事態のとき、的確なリーダーシップを発揮しなければならないのが船長だ。

 部下でもある宇宙飛行士1人ひとりの心身に目を配るのも、船長の仕事だ。逃げ場のない閉じられた空間で、半年間、言語も文化も違う他国の人間同士が共同生活を送らなければならない。特殊な環境下での長期間の生活は、かなりのストレスが蓄積するが、それが個人の許容量を超えてしまい、人間関係や任務の遂行に支障を来せば、宇宙ステーション全体の運用にも影響が出かねない。全員が力を発揮し、任務を確実に遂行していくためにも、船長が中心となってステーション内の人間関係づくりに取り組まなければならないのだ。

 すなわち船長には、自他ともに認める『力量』や『経験』はもちろん、何よりも『人望』

が必要とされるのだ。

 これまで船長は、最大の出資国であるアメリカとロシアから選ばれることが、当然のこととされてきた。しかし近年では、その前提が崩れつつある。日本の存在感が着実に増してきでおり、日本人でも船長になれる可能性が出てきたからだ。

 日本の実験施設『きぼう』の完成はもちろんだが、2009年9月、日本が開発した宇宙ステーション専用の無人宇宙輸送船『HTV』の打ち上げが成功したことも、日本の存在感を大きく高める原動力になった。

 HTVは、2010年にも引退するアメリカのスペースシャトルの代わりに、宇宙ステーションに水や食料、それに実験装置などの物資を届ける手段として期待されているロシア やヨーロッパの無人輸送船と共に、宇宙ステーションの運用を支える上で欠かせない輸送手段だ。

 また、日本人として初めて宇宙に長期滞在した若田さんが、国際的に高い評価を得たことも、JAXAが船長を現実的に意識するようになった大きな理由の1つだ。

 若田さんは、ロボットアームの操作において、世界でも屈指の技量を持つと言われる。NASAを含めた他国の乗組員の指導教官を務めるほどの腕前だ。英語力を含めたコミュニケーション能力も高く、NASAの評価で最高ランクだ。

 その若田さんは、2010年3月、NASAのすべての宇宙飛行士が所属する『宇宙飛行士室』の中にある、『国際宇宙ステーション運用部門』のリーダーに就任した。分刻みのスケジュールで組まれる乗組員たちの任務は、オーバーワークになりかねない。トラブルや事故を未然に防ぐためにも、任務遂行のスケジュールや、心身のサポート体制のあり方を十分に検討しなければならない。したがって、宇宙飛行士の代表者が、世界各国の宇宙機関と話し合い、調整する必要があるのだ。それを行うのが若田さんである。

 日本人宇宙飛行士がNASAの重要なポストに就任するのは若田さんが初めてで、将来のリーダー、すなわち『船長』になることを見据えた人事であろうことは、容易に窺える。

『若田のような宇宙飛行士であれば、国際宇宙ステーションの船長を狙える』。確実な手ごたえが、JAXAにはあったのだ。

 日本における10年ぶりの宇宙飛行士選抜試験。将来、『船長』となりうる最高の人材を発掘することこそ、今回の選抜でJAXAが掲げた最大のテーマだったのだ。」

 

「今回の選抜試験に話を戻す。2次選抜を受けた48人の中から、最終選抜に進む候補者を決定する審査が11月に行われた。審査は、3つの委員会で実施された。

 まず、医学検査の結果から、健康な人を選ぶ『医学審査委員会』。重箱の隅をつつくような、極めて詳細な検査が行われた。対象となるのは身体だけではない。心理的・精神的に、閉鎖環境や集団生活に耐えられるのかなど、精神面も重要な条件として審査された。そして問題の見つかった候補者は、どんなに優秀な能力があっても不合格になった。

 医学審査委員会と並行して行われた『資質審査委員会』は、長谷川氏を委員長に、宇宙飛行士の向井さんなど有人宇宙開発の専門家たちが、候補者たちの″宇宙飛行士としての資質″を審査する。2次選抜では、面接、ディベート、英語での面接がそれぞれ行われた。

 この2つの委員会で審査した結果を、総合評価するのが『宇宙飛行士審査委員会』である。JAXAの林幸秀副理事長(当時)を委員長に、宇宙飛行士の毛利さん、宇宙での生物実験の第一人者、宇宙医学が専門の医師、ジャーナリスト、航空機のベテランパイロット、人間工学の専門家といった20人の有識者が、どの受験者を最終選抜に残すのかを議論した。

 各受験者はそれぞれの試験項目で、A、Bプラス、B、Bマイナス、C、といった段階制の評価が与えられていた。これらはすべて点数に換算され、総合得点の高い順から48人の順位付けがなされた。しかし1つでもCがあった場合、『不適格』と判断される。すなわち、最終候補者に選ばれるためには、Cが1つたりともあってはならないのである。

 医学審査はさらに厳しい。たとえCがなくても、BマイナスやBを取った受験者でさえ、健康面のリスクを一層細かく見られることになった。何年先まで健康でいられるのか、将来的に治療で治るものなのか、加齢とともにリスクは増さないのかといった審査基準に則って、最終候補者にふさわしいかどうかが判断されたのである。」

 

10人が降り立ったのは、ヒューストン郊外にあるブッシュ国際空港。バスで出迎えられ、1時間ほどで宇宙センターの近郊にあるホテルに到着し、長旅の疲れを癒した。

 一夜明けた現地時間の翌20日。JAXAのヒューストン駐在事務所が、10人にNASAでの最終試験に向けたオリエンテーションを開いた。説明に立ったのは、土井隆雄さんと、星出彰彦さんの2人の宇宙飛行士。10人の宇宙飛行士としての適性を測るため、NASAは口ボットアームや宇宙遊泳の技量試験、それにベテラン宇宙飛行士たちによる面接などを用意していることが伝えられた。

 NASAでの選抜試験は、JAXAがNASAに依頼して実現したものだ。有人宇宙開発で40年以上の歴史を誇り、人類史上唯一、月に人を送り込んだことのあるNASAは、通算で300人を超える宇宙飛行士を選抜、採用してきた。どのような人間が宇宙飛行士に適しているのか。豊富な経験とノウハウを持つNASAであれば、10人の適性をより正確に測ることができる。その結果は、閉鎖環境試験などとともに重要な判断材料になる。特にロボットアームの操作や宇宙遊泳など、宇宙飛行士として不可欠な活動への適性は、日本では測りきれないのが現状だ。

 そして何よりも、NASAが″気に入る″候補者を採用しないと、採用の意味がないといっても過言ではない。日本の場合、前述のように2009年までに日本の実験棟『きぼう』が国際宇宙ステーションに取り付けられて完成したことを受け、3年間に2人の日本人宇宙飛行士を、国際宇宙ステーションに半年間、滞在させることができるようになった。これはアメリカやロシアなど世界15か国の間で結ばれた国際協定によって保証されている、日本固有の権利だ。

 日本は、人を宇宙に定期的に送り込む枠を得た。しかし、それでもNASAの意向は無視できない。採用した宇宙飛行士を訓練し、育てるのはNASAだからだ。このため、現実的にはNASAの了解と支援がないと、日本人が宇宙に行くことは難しい。

 NASAも認める候補者は誰か。それを知る上でも、NASAまで出向き、試験をしてもらうことは非常に重要な意義を持つのだ。」

 

「面接を主導したリンゼー氏は、次のように説明する。

『我々は、技術的な経験もさることながら、チームとして活動できる能力、そして誰とでも仲良くなれる資質、また、必要な時は指導力を発揮し、場合によっては誰かに従う能力のある人を探しています。その力がある人物なのかを見極めるためには、個々の候補者の″本質″を理解しなければなりません。誰にも人生の物語がある。その物語を聞くことで、候補者が成長してきた背景を理解し、また、どのような選択をしてきたのかを質問することで、その人の″本質″を理解することができます』」

 

「リンゼー氏の言葉から、NASAの面接は、候補者のこれまでの″生き様″を知ることにこだわっている様子がうかがえる。しかしそれには、宇宙飛行士という職業ならではの理由がある。

 アメリカでは、宇宙飛行士の候補者として採用されたものの、一度も宇宙飛行を経験できずに″引退″する人も少なくない。本人の適性の問題もあるが、スペースシャトルなどの宇宙船に乗り組む機会は限られている。競争が激しく、飛行の機会を待っている間に、別の道へ踏み出す人も多い。

 こうした状況を指して、『宇宙飛行士は待つのが仕事だ』と語ったNASA関係者もいた。宇宙飛行の機会は、自分ではどうすることもできない。いつか自分のもとに舞い込んでくるのを辛抱強く待ち続けなければならないのだ。それまではひたすら、技量を上げるための訓練と健康管理の日々である。

 また、宇宙飛行士に選ばれると現在の仕事は辞め、日本人であればJAXA、アメリカ人であればNASAに″転職″しなければならない。しかし、宇宙飛行士が宇宙で実際に仕事をするのは、キャリアの中でほんの短い期間に過ぎない。すなわち宇宙飛行に向けた、徹底した訓練と健康管理が、主な″仕事″になるのだ。当然、それまでのキャリアは捨てざるをえない。

 特に日本の宇宙飛行士の場合、生活環境が激変する。生活の基盤を、ジョンソン宇宙センターに置かなければならないからだ。宇宙飛行士であり続ける限り、アメリカ・テキサス州のヒューストンで過ごし続けなければならないのである。

 その意味で、本人よりも劇的な変化にさらされるのは、家族であると言える。子供がいれば転校せざるを得なくなり、将来の進路も大きく変わる可能性がある。

 また前職が、午前9時から午後5時までが就業時間の、一般の会社員や公務員であれば、家族と過ごす時間も、圧倒的に少なくなる。国際宇宙ステーションへの滞在に向けた訓練は、日本やロシアなど、参加各国で分担して行われるため、宇宙飛行士は文字通り、世界中を飛び回ることになり、数か月単位で海外出張することも少なくない。

 さらに、日常生活やあらゆる行動は大きく制約される。家族も例外ではなく、宇宙飛行士本人とは程度の差こそあるが、同じように制約される。宇宙飛行士の言動に、四六時中マスコミが注目しているからだ。不用意な発言や行動をしないよう、常に気を遣う必要がある。

 宇宙飛行士の世間体がいかに重要とされているかは、それへの訓練まで用意されていることが物語っている。その名の通り『メディア訓練』と呼ばれ、JAXAやNASAが実施している。ジョンソン宇宙センター内で、突撃インタビューといったかたちで、まさに不意打ちで行われ、カメラを前にしたときの対処法や注意すべき発言内容を、実地で叩き込まれる。

 何せ宇宙飛行士は、最大の″広告塔″だ。莫大な予算のかかる有人宇宙開発の正当性を主張するために、宇宙飛行士を最大限に利用しない手はない。このため、日本にも定期的に帰ってくることが求められており、分刻みのスケジュールで政府関係者や国会議員を表敬訪問し、笑顔を振りまく必要がある。メディアの取材や質問に、笑顔でそつなく答えることもまた、宇宙飛行士として果たすべき重要な任務なのである。

 

 しかし、何よりも宇宙飛行士になって、劇的に変化するのは、『職務で死ぬ』確率だ。

 

 宇宙飛行士は、危険と常に隣り合わせだ。スペースシャトルで死亡事故が起きる確率を計算してみれば、いかに命がけの仕事であるかがわかる。

 シャトルはこれまで、132回、打ち上げが行われている(2010年5月現在)。そしてこのうち2回、1986年と、2003年に死亡事故があった。これらを合わせて、14人の乗組員全員が命を落としている。

 世界最先端の有人宇宙船と言われるスペースシャトルでも、死亡率は66分の1だ。すなわち、66回の打ち上げで1度は必ず失敗し、死亡してしまうという計算だ。事故率が100万分の1とも言われる航空機と比べると、あまりにも高い。

 時には10年という長い年月を家族とともに耐え、ようやく宇宙飛行のチャンスを得たとしても、飛行中の事故で死亡して二度と家族のもとへ帰ってくることができない可能性がある。人類が月面に到達してすでに50年近くが過ぎたが、宇宙飛行はいまだ″命がけの冒険″であり続けている。その厳しい現実に直面しながら、それでも笑顔を振りまいて夢をあきらめずに宇宙を目指すというのが、宇宙飛行士という『職業』なのだ。

 スペースシャトルの船長を務め、4度の宇宙飛行を経験したリンゼー氏もこう語る。

『もし、″世界で一番魅力的な肩書き″だから宇宙飛行士になりたいのであれば、実際にここに来てからは辛いでしようね』」

 

「NASAの場合、何か特別な医学的問題でもない限り、ほぼ面接だけで採否が決まるというシンプルな採用試験を行っている。つまりNASAとしては、技術的な専門知識や、航空機などのメカを操縦する技量など、宇宙飛行士として必要な技術的バックグラウンドは、その候補者の履歴書と、面接でのやりとりで十分見極められると考えているのだ。

 これは、日本とアメリカの宇宙開発の規模、歴史、そして方針の違いをよく表している。

 日本の場合、選抜試験で採用した人間は全員、宇宙飛行士になり、宇宙飛行しなければならない。途中でやめたり、医学的に不適格になったりすることは許されない。それは、宇宙飛行士の育成には億単位の税金がかかるからで、投資を無駄にしないためにも、確実に宇宙へ行くことができる候補を採用しなければならないのだ。そのため必然的に、採用試験は極めて厳密なものとなり、審査項目が仰々しいまでに多岐にわたってしまうのである。

 一方、アメリカの場合、前にも述べたように、宇宙飛行をする前に宇宙飛行士を″辞める″人間もいる。医学的、精神心理学的特性など、日本と同様に厳密に審査している項目も少なくないが、結果的に最も重要になるのは、本人やその家族が、宇宙飛行士としての人生を全うする『覚悟』が本当にあるかどうかなのである。

 その意味で興味深いのは、リンゼー氏が、『候補者たちには、NASAが自分と家族の人生をかけるべき場所かどうかを、試験を通して逆に見極めてほしい』と語っている点だ。

『私たちが候補者を面接するのと同時に、候補者が私たちを面接して、宇宙飛行士の仕事とは何なのか、リスクは何か、どんな見返りがあるのか、そして宇宙飛行士としての人生とはどのようなものなのか、それらを理解した上で、それでもやりたい仕事なのかを考えてもらうことが重要なのです』

 NASAを実際に訪れて施設や人に触れ、自分が本当にここで働きたいか、今後の人生を過ごしたいかをもう一度真剣に考えてほしい。考え抜けば、単なる憧れなのか、それとも本当に歩みたい人生なのか、自分の進むべき道が見えてくるはずだと、リンゼー氏は言うのである。」

 

2009年2月、最終候補者10人は、それぞれの日常に戻っていた。有給休暇を使って、2週間も職場を留守にしたツケは、どの候補者たちにも重くのしかかり、たまった仕事を必死で消化しなければならない状況に追い込まれていた。

 しかし、仕事に忙殺されることで救われることもある。

 合格発表までは、1か月余りも待たなければならない。仮に宇宙飛行士に合格すれば、今までの生活は一変する。慣れ親しんできた仕事も辞め、訓練のためにヒューストンへ引っ越さなければならない。当然家族の暮らしにも大きく影響する。逆に不合格という結果に終われば、子供の頃からの夢は潰えることになる。それだけに、結果を早く知りたいと逸る気持ちと、いつまでも結果が分からないままで夢見ていたいという気持ちが混じり合い、10人の心は安まるときがなかった。

 この間、私たちは羽田空港で白壁と会う機会を得た。白壁は、これまで見たこともないような、疲れた表情を見せていた。

『本当に自分は宇宙飛行士になる覚悟があるのか、いまだに答えが出ないんです。合格はしたい……でも、受かれば、大好きなパイロットの仕事も、購入した家も手放さなければならない。家族を巻き込むと考えると、夜も眠れないんです』

 10人は、まさに人生の岐路に立たされていた。

 一方で、10人の人生を左右する決定を下すための準備は、着々とJAXA内部で進められていた。

 選抜試験事務局は、候補者1人ひとりについて得点の集計を行う。審査委員たちは、何度も閉鎖環境試験を録画した映像を見直したり、面接結果の順位づけを行ったりするのだ。

 例えば、ロボット作りのような集団課題の場合は、『リーダーシップ』という項目について、Aプラス(6点)、A(5点)、Aマイナス(4点)、Bプラス(3点)、B(2点)、B

マイナス(1点)、C(O点)の7段階で点数をつける。この7段階評価は、NASAでの技量試験や面接も含めたすべての課題に対して行われ、総得点で候補者の1位から10位までの順位をつけていくのである。

 ただし、この順位だけで合格者が決定するわけではない。さらに、精神・心理を含めた医学審査をクリアしなければならないからだ。第2次選抜で体の隅々まで医学検査したが、まだ調べきれていない項目がある。

 例えば、″宇宙酔い″の原因と密接に関係する、平衡機能の検査もその1つだ。最終選抜で10人は目隠しをされ、悪名高き″回転イス″に座ってぐるぐる回された。ここで脳波や心電図に異常があれば、何度も再検査が行われる。そしてもし、それが医学的には対処できない異常であると判断されれば、宇宙飛行士としては『不適格』となってしまう。

 また、長期滞在への適性を見極めることを重視しているため、精神科医や心理学者も、閉鎖環境試験の映像を細かくチェックする。仮に、ある候補者が『長期間の集団生活に向かない』ということになれば、同じように『不適格』という判断が下される。

 たとえどんなに試験の総得点が高くても、精神・心理を含めた医学審査で少しでも問題が見つかれば、その時点で『不合格』になってしまう。実に厳しい試験なのだ。」

 

「日本人初の女性宇宙飛行士・向井千秋さんは、宇宙飛行士に必要な資質を次のように表現している。

『宇宙飛行士は、何もスーパーマンである必要はないと私は思う。例えば、しばしば宇宙飛行士は体が頑丈だとか言われるけれども、オリンピックで金メダルを取るわけではないから、何か1つのことにものすごく長けていなくてもいい。語学にしても、同時通訳をしている人たちのほうが上だと思うし、健康にしても筋肉マンですごい力がある必要はない。宇宙飛行士に求められるのは、数々の審査で、すべて合格点を取らなければならないということ。すべての項目で60点を取るというのは意外と難しいんですよ、健康面も含めて。100点じゃなくてもいいんだけれど、50点じゃだめ。勉強も運動も精神・心理も、すべてバランスよく合格点を取らなければならないんです』」

 

「海上保安庁のパイロット・大作毅は、JAXAからの合否連絡を家族とともに、官舎で待っていた。居間で電話を待つ大作のまわりを、2人の娘、天音ちゃんと千月ちゃんが走り回る。最初は余裕を見せていた大作だったが、合格発表の開始時刻と知らされた9時半が近づくにつれて、次第に言葉を発しなくなった。そして9時半を回ると、大作は完全に落ち着きを失った。電話を見ては、何度もため息をつく。

 妻の真希子さんは、末娘の彗奈ちゃんを抱きながら笑顔で大作を見守る。

『プルルルル!』

 娘たちの嬌声を遮るように突然、電話が鳴った。大作は娘たちに『静かに』と合図して、ゆっくりと受話器をとった。

『はい、大作です。はい、はい、はい……』

 大作は、静かにJAXAの柳川氏の説明に耳を傾けていた。その表情には、喜びとも落胆ともいえない複雑な色がにじんでいる。

 3分ほどの会話が終了し、受話器をゆっくりと置くと、大作は真希子さんに向かって言った。

『第2補欠だって……』

『えっ、第2補欠で合格?』

 合格と信じて疑っていなかった真希子さんは、どういう結果だったのか、理解できずにいた。

『ただ、ちょっと複雑で、今回初めてできた仕組みで……』

 大作自身も、この″第2補欠″を合格と考えればいいのか、不合格と考えればよいのか混乱していた。

 しかし、時が経つにつれて、この結果が限りなく″不合格″に近いものだと理解するようになった。

 合格した2人が、何らかの事情があって辞退したとき、はじめて出番が回ってくるという補欠。しかし、2人が辞退するとは考えにくい。それはともに試験を戦った、自分が一番分かっている。また、第2補欠の自分の前には、第1補欠が控えている。合格者のうち1人が辞退しても、それでも自分は宇宙飛行士にはなれない。

 大作はショックからか、部屋の隅で膝を抱え黙り込んだ。何も知らない2人の娘たちは、密かに真希子さんと準備していたクラッカーを持って父親のところにやってきた。

『お父さん、お疲れさまでした!』(天音ちゃん)

『お疲れさまでしたあ』(千月ちゃん)

『パーン!』

 激しくクラッカーが鳴った。中から飛び出た紙のテープが落胆する大作の頭にかかった。

 娘たちのやさしさに触れ、大作はかすかに笑った。しかしその目は、少し潤んでいるようにも見えた。真希子さんも第2補欠という結果が、実質的な″不合格″だと悟り、声をかけられないでいた。

 そんな中、千月ちゃんはどうして父親を祝福しているのか、理解できていなかったのだろう。

『お父さん、お誕生日おめでとう!』

 精一杯の言葉を、大作にかけた。落ち込みかけていた家族の雰囲気が、明るくなった。大作は、彗奈ちゃんを抱える真希子さんのところに近づき、ねぎらいの声をかけた。

『ここまで協力してくれてありがとう』

 そして、つぶやくように言った。

『大変だった?』

  すると、真希子さんは包みこむような笑顔で夫を見つめ、こうつぶやいた。

『そんなに大変じやないよ。だって、頑張って! って言ってるだけだから』

 子どもたちを見ながら、真希子さんは続けた。

『楽しかったよね。どきどきもわくわくもしたし。何年ぶりだろう。こんなにドキドキしたの……。だから、それで満足だよ』

 大作の、夢への挑戦が終わった。

 その後、大作は外出の準備をした。候補者みんなで集まって、合格者を祝福しようと、約束していたのだった。

 合格発表から、しばらく経ったある日、私たちにあてて、真希子さんから取材に対するお礼のメールが届いた。そこには、感謝の気持ちとともに、あの合格発表の日に夫が出かけて行った後のことが書かれてあった。

『実は皆様が出発された後、しばらく何も手がつけられず、ニュースを見たときは、涙が止まりませんでした。なぜ、ここに主人がいないのだろう……と。娘達は『お母さん、頑張ったじゃん。だから悪くないんだよ』と言って励ましてくれました』

 このメールを読み、私たちはあらためて、家族も大作とともに闘っていたのだと気づかされた。最初は大作だけのものだった、宇宙飛行士の夢。それがいつしか、家族の夢になっていた。

 そしてヒューストンで出会った、あのローナ・オユヅカさんの言葉が、思い出された。

 

 夢を実現した夫のことを、今も私たち家族は、誇りに思っています」

 

「合格した油井と大西は、それぞれ航空自衛隊、ANAを退職し、4月1日付でJAXAの職員となった。そして、宇宙飛行士としての長く、厳しい訓練に入った。

 まず、4か月間、つくばの訓練施設で宇宙の基礎知識やISSについて学び、英語の習熟や体力訓練を集中的に行った。

 そして8月からは、宇宙飛行士として正式な認定を受けるため、NASAの訓練コースに入った。期間はおよそ2年、ヒューストンにあるジョンソン宇宙センターを中心に、訓練に明け暮れる日々を送ることになる。

 そして2人が渡米して間もない9月に、金井宣茂が宇宙飛行士に選ばれた。金井は遅れを取り戻そうと、わずか3週間で国内訓練を終え、息つく間もなくNASAへと旅立った。

 宇宙飛行士の選抜試験は、日本と同じタイミングで、アメリカやカナダでも実施されていた。アメリカでは軍のパイロットや科学者など12人の精鋭が、カナダでも軍のパイロットなど3人が選ばれた。

 NASAやカナダは、日本と同様に今回の選抜試験で、パイロットを数多く選んでいる。万が一の危機や緊急事態に備え、常に訓練を重ねているパイロットに求められる資質は、宇宙飛行士と共通するものが多い。しかしそれだけではない。各国が、将来のコマンダー(船長)になる人材がほしいと考え、狙いを持って採用を行った結果でもあった。

 油井・大西・金井を含めた世界の18人が、NASAの『2009年 宇宙飛行士クラスAstronaut Class of 2009』になった。18人はともに学び、競い合いながら正式な宇宙飛行士としての認定を目指す。

 2年にわたる訓練では、常にトップから最下位まで成績の順位がつけられ、宇宙飛行士としての資質が見極められていく。コマンダー候補となるためには、当然トップクラスでなければならない。トップクラスの成績を収めれば、宇宙に飛び立つ日も早く訪れる。彼らにとって、試験はまだ終わっていない。これからの2年間は、長く厳しい競争の日々なのである。

 その訓練内容は多岐にわたる。国際宇宙ステーションの運用に必要な技能から、実験をこなすための科学的・技術的な知識、そして英語とともに、国際宇宙ステーションの公用語であるロシア語の習得と、幅広い。そして、危機的な状況における対応能力を鍛えるための、ジェット機を使った操縦訓練もある。今回のJAXAの選抜試験でも重視されたが、緊急事態に対応する力は、宇宙飛行士に常に求められ続ける資質である。

 2人乗りのジェット機に、教官役のパイロットとともに乗り込む。突然、候補者の前にブラインドが下ろされ、有視界飛行ができなくなったり、計器が故障したりと、教官があらかじめプログラムした危機を演出する。宇宙飛行士は、自らの力でこの危機を乗り越えねばならない。この訓練を日常的に行うことで、宇宙での危機を乗り切る力を養うのが狙いだ。そしてこの訓練自体も、採点・評価の対象となっている。

 大自然の中でのサバイバル訓練もある。山の中に候補者たちが連れて行かれ、食料など最低限の装備だけを持たされ、1~2週間、野外生活を送る。リーダーシップやフォロワーシップといった、チームをまとめる力、そして忍耐力が鍛えられると同時に試される。

 こうした訓練にも、向井千秋さんの話した言葉があてはまる。

『すべての項目で、宇宙飛行士は『60点以上』をマークしなければならない』

 夢の宇宙へ至るまでに、3人に残された道のりはまだ険しい。」

 

「実際、番組の取材を実現するのは容易ではなかった。というのも、番組として『密着』と銘打つには、試験のほぼすべてをカメラで撮影できなければならないからだ。しかし採用試験というものは、常識的に考えればそもそもが非公開である。JAXAとの交渉は幾度も行われた。

 宇宙飛行が当たり前になり、国の財政がひっ迫し、年金や医療制度の破たんすら現実味を帯びる厳しい時代の中で、巨額な予算を必要とする宇宙開発は、ともすれば無用の長物にしか見えない。億単位の税金をかけて宇宙に行った宇宙飛行士が、寿司を握ったり、書き初めをしたりと遊んでいるような姿ばかり見せられると、国民はなおさらそう思ってしまう。

 しかし、宇宙飛行士の本質はもっと別のところにあるはずである。

 それを知り、伝えたいという思いが私にはあった。そして宇宙飛行士の選抜試験こそが、その本質を伝える最高の舞台だと確信していた。JAXAとの交渉は半年にも及んだが、最後には、あるJAXA幹部が私たちを信じ、英断を下してくれた。

 その英断は、世界的に見ても極めて先進的なものであった。50年の歴史を誇るNASAでさえ、宇宙飛行士の選抜試験はこれまで一度たりとも公開したことがなかったからである。そのNASAも、JAXAの覚悟と私たちの熱意が伝わったのか、史上初めて試験を公開してくれた。」