中野信子著「サイコパス」

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 サイコパスからは残虐な犯罪者を連想してしまいます。確かにその面はあります。

しかし、有能な経営者、弁護士、政治家、外科医などにも同様の気質が見られると云います。彼ら・彼女らは極度の緊張感の中で、冷静な判断を迫られます。爆発物処理を行う人は、他のサイコパス同様日常の心拍数が少なく、且つ処理現場で緊張の瞬間を迎えても、心拍数が上がらないそうです。

これまでは遺伝的な要因が挙げられてきましたが、後天的な環境要因が影響している部分があることも分かってきています。脳科学の進歩により、他者に対する共感性や「痛み」を認識する部分の働きが、一般と異なることが見出されています。

これらに関する最新の知見を、新進気鋭(?)の脳科学者である著者が、専門的事柄を分かり易く解説します。

「勝ち組サイコパス」と「負け組サイコパス」に分類分けし、それぞれの特性、更に脳の構造まで解説します。

 解説は、100人に一人存在するサイコパスが、人類の進化と繁栄に重要な役割を果たした――果たしていることにまで及びます。

 

 

 

「歴史的に、サイコパスは犯罪と結びつけられて語られてきました。

 実際犯罪者がサイコパスである確率は、どの程度なのでしょうか。

 カナダの著名な犯罪心理学者ロバート・ヘアは、刑務所にいる受刑者の平均20%がサイコパスであり、重大犯罪の半数以上が彼らによるものだとしています。また、サイコパスの累犯率(再犯率)はほかの犯罪者の約2倍、暴力的な累犯率に限れば、ほかの犯罪者の3倍にも及ぶと報告しています。

 アメリカの刑務所に収監されているサイコパスは約50万人。一般社会では、重大犯罪には及んでいないものの、まわりの人間たちを巧みに利用して生きているサイコパスが25万人はいると推定する研究者もいます。

 サイコパスを起訴、投獄する経費および彼らが他人の人生にもたらす被害額も、莫大なものです。ニューメキシコ大学の神経科学者K・A・キールは、アメリカが国家負担するサイコパス関連の年間費用は2011年で4600億ドル(約49兆円)になると概算しています。アメリカでは『うつ病』によって年間440億ドルの費用負担が生じているとの指摘があり、うつ病を減らすためのさまざまな取り組みがなされていますが、サイコパスによる費用負担はうつ病を上回ることになります。」

 

「サイコパスには、外見以外にも身体的な特徴があります。

 たとえば心拍数です。心臓の鼓動と反社会性には相関関係があることが複数の実験結果からわかっています。それによると、心拍数がもともと低く、しかも上がりにくい人の方   が、反社会的行動を取りやすいという、正の強い相関関係が示されているのです。

 さらにヽ安静時の心拍数が低い子どもが、10歳以前に親と別離すると、成人後の暴力犯罪を招きやすいヽというデータもあります。これはイギリスのケンブリッジ大学犯罪心理学教授のデイヴィッド・ファーリントンが1997年に提出した研究論文に示されたデータです。

 心拍数と反社会性の相関関係は、発達の早い段階から、つまり幼いころから比較的一定してみられます。エイドリアン・レインの1997年の調査によると、3歳のときに心拍数が低い子どもがのちに暴力や非行をする割合は、そうでない子どもの2倍という結果が出ています。」

 

「しかし、なぜ心拍数が低いことが暴力や反社会性につながるのか?

 これについては、いくつかの仮説があります。

 たとえば人を階段から突き落としたり、万引きをするなどモラルに反する行動をする時(あるいは、これからしようとする時)、一般の人間は心拍数が上がります。心拍数が上がると、不安感情が喚起され、パニック状態になったりします。そのシグナルによって『こんなことをしてはいけない』と感じ、その行動を反省したり、中止したりします。つまり心拍数の変化が、これから取ろうとする行動に対して『このままやって本当に大丈夫なのか? 危険じゃないのか?』という抑制をかけるわけです。これによって、一般の人はドキドキするような行為には、そんなに簡単に踏み切れないのです。

 しかし、モラルに反する行動を取ろうとしても心拍数が上がらないという人では『こんなことしちゃだめだ』『こんなことできない』というブレーキが働きにくいということになるでしょう。そのために反社会行動を取りやすくなる、ということはできそうです。

 また、心拍数の低い人間は、危険な状況、緊張するような状況に陥った場合にも、その感じ方が鈍いのです。普通の人は危険を感じて心臓がバクバクいっているのに、もともと心拍数が低い人は、心拍数がほとんど変わらない。すると、普通の人がどのような不快な気持ちになっているのかが理解しにくい。だから、簡単に一線を踏み越えてしまう、という考え方もあります。言いかえれば、心拍数の低い人間は、一般人と同じような感じ方ができない。したがって相手への共感性に乏しく、反社会的な行為へのハードルが低くなる、というわけです。

 あるいは『心拍数が低い人は、心拍数が低いことによって生理的な不快さを感じやすい。そのため、心拍数を最適なレベルにまで上げようとして、強い刺激を求めてしまう』という仮説もあります。心拍数が低い状態とは、脳の覚醒レベルが低い状態であるとも言えま す。だるいような、シャキッとしていないような感じがしているわけです。それが不愉快なので、脳を覚醒させるために刺激的な行動、暴力に走ってしまう、という考え方です。

 一方で、心拍数が上がりにくいという特質が、その人や社会にとってプラスに作用することもあります。

 たとえばハーバード大学の研究者スタンリー・ラックマンは、ベテランの爆発物処理班の隊員の心拍数を比較しています。隊員を、受勲経験があるかどうかで分け、高い集中力を必要とする危険な職務を遂行しているときの心拍数を測定したのです。すると驚くべきことに、受勲経験のある隊員は、危険な仕事に取りかかると、逆に心拍数が減少していました。

 これらの研究から、心拍数の低さとは、性格上の特性と関連するある種の資質であることが強く示唆されます。

 サイコパスには犯罪者だけでなく、経営者や弁護士が多いということも、心拍数が低いという点を考えると納得がいくでしょう。聴衆を前にしてのプレゼンや法廷での弁論など、普通の人であれば緊張して実力が発揮しにくいような場所でも、心拍数が上がらなければ冷静に行動することができます。」

 

「サイコパスの反社会的な行動の要因に関しては、大きく分けて4つの仮説があります。次章以降では、これらの仮説に依拠しながら、サイコパスの根源に迫っていきたいと思います。

 ここではざっと、4つの仮説を概観しておきましょう。

 

 ① 欠如仮説(低い恐怖感情仮説)

 恐怖や不安に関する感情が欠如しているために、特徴的なふるまいがあらわれる、とする仮説です。low fear hypothesis、つまり『低い恐怖感情仮説』です。

 これはアメリカの行動遺伝学者デヴィッド・リッケンが提唱した理論です。衝動的に悪事や暴力を働こうと思っても、普通は『捕まったら大変なことになる』という恐怖や不安がはたらくため、それが抑止力になってやめてしまう人が大半です。

 しかし、一部には抑止力としての不安が低い人間がいます。それがサイコパスというわけです。彼らは反社会的行動へのブレーキを持っていないか、あるいは持っていてもほとんど機能しないのです。

 

 ② 注意欠陥仮説(反応調整仮説)

 注意の向け方や情報処理の仕方にサイコパス特有の欠陥があるというのが『注意欠陥仮説』(反応調整[response modulation]仮設)です。

 これはウィスコンシン大学の心理学教授、ジョセフ・ニューマンが提唱している理論です。

 サイコパスは不安を感じないというよりも、注意力を目先にあるタスクだけに向けるため、関係ないことが視界から外れてしまうのだ、というのがその主張です。

 サイコパスの集中力は、ある意味では『高すぎる』ことがあります。それがために、自分の関心のあることや目先の利益以外のことを考えられない、つまり、他人の気持ちの動きまで計算する余裕がないので反社会行動を取りやすいのだ、という仮説です。言いかえれば、サイコパスとは一種の学習障害、ないし情報処理能力障害だとするものです。罰や損失を予測する能力に障害があるがゆえに、特異なふるまいをしてしまう、というのです。

 ニューマンは、サイコパスが損失や罰を被る可能性には目もくれず、報酬に対してのみ非常に強い執着を示すことをその有力な根拠としています。

 自己管理、自己評価、自己統制といった、自分をコントロールする能力について混乱が見られる(一般人ならいずれもできるのに、サイコパスはできる部分とできない部分が激しい)点についても、ニューマンはこの仮説で説明がつくとしています。

 

 ③ 性急な生活史戦略仮説

『性急な生活史』というのは、あまり一般的には使われない用語ですからわかりにくいかもしれません。

 これは進化心理学的な考え方です。

 進化心理学とは、人間が持つ心理メカニズムの多くは生物学的に環境に適応した結果、こうなったものなのだと仮定して、研究をするアプローチです。

 なおここで言う(そして本書で言う)『進化』とは、世間一般における『成長』とか『優れた状態になる』といった意味合いとは異なります。

 進化とは『ある形質をもった個体が、ある環境に(たまたま)適応した結果、集団内にその形質が広まっていき、普遍的に備わった状態になること』をここでは指します。

 たとえば大昔の人類の柤先において、『恐れる』感情を持つ個体と、そうした感情を持だない個体の2種類がいたとします。

 未知の危険に遭遇したとき、恐れる感情を持つ個体のほうが、そうした感情を持だない個体よりも生き残る可能性が高かったと考えられます。

 すると、恐怖を覚える個体のほうがより生き残り、数を増やすことができます。恐れることをしない個体は、不慮の事故で死んだり、負傷して交尾できなくなったりし、相対的に減っていきます。

 これが繰り返されると、どうなるでしょうか。

 長期的には恐怖の感情を持つ個体が増えていき、その性質が人類という種全体に広がっていくだろう、と考えられます。

 逆にいえば、いまの人類の多くに普遍的にみられる心理メカニズム(たとえば誰かが一方的に暴力を振るわれていたら、『ひどい』『痛々しい』と感じる、といった感情)は、人類の進化の歴史のなかで、生存や繁殖の成功に役立つ何らかの機能を果たしてきたと考えられます。

 とするならば、サイコパスが今日まで生き残ってこられたのも、彼らのもつ特徴が、生き残ったり、子孫を増やしたりするうえで有効なものだったからではないか、と進化心理学的には考えるのです。それがたとえ『平気でウソをつける』『他人の痛みがわからない』といった、一般的には好ましくないとみなされる特徴であっても、です。

 道徳的にはにわかに受け入れがたいかもしれませんが、こうした考えもあるのです。

 ではどういう環境であれば、サイコパスのほうがそうでない人よりも、生存・生殖に有利になるでしょうか。

 たとえば、食糧をはじめとする、生きていくうえでの資源が豊かな環境では、子どもに対して長期的に面倒をみるなどの高い養育コストをかけなくとも、早い段階での自立が期待できます。

 適当に放っておいても、子どもが勝手に食べ物にありつける状況であれば、親やまわりの大人はそうかまってあげなくてもすくすくと育っていける環境です。

 すると、その環境では、長期間一定の異性と長くいて子どもに養育のコストを掛ける(一夫一婦制)よりも、短期間にたくさんの異性と接触し、相手を騙してでも魅了して性交までこぎつけ、たくさん子どもを産ませた/産んだ個体のほうが、より多く繁殖できることになります。

 さらに言うと、浮気性な男に去られた妻子、あるいはウソつき女に去られた男性も、それほど深刻な問題に直面せずに食糧にありつけ、別のパートナーを見つけて生きていけるのであれば、ウソつきや浮気者を処罰し、排除するよりも、また違うパートナーを見つければいいと考える方が合理的でしょう。

 このように、短期間にさまざまな異性と会う戦略を取るようなライフスタイルを『性急な生活史』と呼びます。

 そして、そういう行動戦略をとるのに好適なのが、今日で言うサイコパスのもつ形質なのだ、という仮説です。

 空想小説のような話だと思われたかもしれませんが、こうした社会も実在します。それについては、第4章で詳しく紹介します。

 もちろん、当然ながら、騙してでも異性を魅了すればいいと考える人間、伴侶を裏切ってでも複数の異性とセックスするような人間は、近代社会には馴染みません。だから、今日においては彼らの行動は『反社会的』だといわれるのです。

 

 ④ 共感性の欠如仮説

 アメリカ国立精神衛生研究所(NIMH)のジェームズ・ブレアが提唱している仮説です。

 これは脳研究が進んでから出てきた、比較的新しい仮説です。サイコパスは脳のなかでも扁桃体という領域が機能不全であり、あるいは扁桃体と眼窩前頭皮質という部分の結びつきが弱いために、反社会的に振る舞ってしまう、というものです。

 この仮説については第2章で詳しく解説します。」

 

「勝ち組サイコパスについて、もう少し深掘りしておきましょう。

 2012年、アメリカとカナダの研究チームが約1000人を対象にした実験と調査から、お金持ちで高学歴、社会的地位も高い人ほど、ルールを守らず反倫理的なふるまいをすることを、アメリカ科学アカデミーの紀要に発表しています。『ゲーム』と偽り、サイコロの目に応じて賞金を出す心理学的な実験をした結果、社会的な階層が高い人ほど、自分に有利になるように、実際よりも高い点数を申告する割合が高かったというのです。

 また、ドイツのアーヘン工科大学の研究チームは、経営者をはじめ、ソシオエコノミックス・ステータス(社会的・経済的地位)が高い人にはサイコパスが多いだろうと推測しています。」

 

「本章ではここまで、脳からサイコパスの特徴をみてきました。

 結論をくりかえしておきましょう。

 脳の前頭前皮質のうち、眼窩前頭皮質と内側前頭前皮質の両方の機能が低下していると、反社会的行動の危険性が高まります。

 そしてサイコパスは、扁桃体と眼窩前頭皮質および内側前頭前皮質とのコネクティビティが弱いとされています。

 大まかに、扁桃体の異常は『感情の欠如』に関わり、前頭前皮質の異常またはコネクティビティの弱さは学習や自省、情動を抑えるといった『認知』に関わると考えられます。

 また、サイコパスを対象にした脳画像の研究から、

①脳梁の拡大

②海馬後部の体積減少

③海馬前部の非対称性(左側より右側のほうが著しく大きい)

④前頭前皮質の灰白質の容積減少

 が示唆されています。

 このうち、③と④は、『成功していない』(負け組)サイコパスに見られるもので、『成功した』(勝ち組)サイコパスには認められていません。」

 

「ここまで、サイコパスや反社会的行動について、遺伝の影響を示唆する実験結果が多く存在することを紹介してきました。

 では、反社会的行動は、遺伝がすべてなのでしょうか?

 遺伝の影響は大きいながらも、じつは環境による影響も無視できないことが、複数の研究によって明らかにされているのです。

 反社会的行動と教育や家庭環境からの影響に関する研究は、いくつもあります。

 たとえばアメリカの経済学者ジェームズ・J・ヘックマンは『幼児教育の経済学』のなかで、『ペリー就学前プロジェクト』と『アペセダリアン・プロジェクト』という2つの研究を分析しています。

 ペリー就学前プロジェクトは、1962年から1967年にミシガン州イプシランティで、低所得でアフリカ系の58世帯の子供を対象に、30週間実施されたものです。

 就学前の幼児に対し、午前中に毎日2時間半ずつ教室での授業を受けさせ、さらに週に1度は教師が各家庭を訪問して90分間の指導をしました。

 指導内容は子供の年齢と能力に応じて調整され、非認知的スキル(肉体的・精神的健康や、忍耐力、やる気、自信、協調性といった社会的・情動的性質)を育てることに重点を置き、子供の自発性を大切にする活動を中心としていました。

 そして、就学前教育の終了後、これを受けた子供と受けなかった対照グループの子供を、40歳まで追跡調査したのです。

 アペセダリアン・プロジェクトは、1972年から1977年に生まれた、リスク指数の高い(犯罪をおかす可能性の高い)家庭の恵まれない子供111人を対象に実施されたものです。このプログラムは、子供が8歳になるまで毎日行われています。

 子供たちは21歳まで継続して調査され、30歳時点の追跡調査が2012年初めに実施されています。詳しくは述べませんが、アベセダリアン・プロジェクトの介入度合いは、ペリー就学前プロジェクトよりもさらに徹底したものでした。

 ペリー就学前プロジェクトでもアベセダリアン・プロジェクトでも、実験グループの子供は、対照グループの子供と比較して良い結果が得られました。ただ、ペリー就学前プロ

ジェクトの被験者になった子供は当初はIQのスコアが高くなりましたが、介入が終了して4年たつと、その効果はすっかり消えています。

 しかし、IQ以外の主要な効果は継続し、非認知能力の向上もそのひとつでした。

 14歳の時点で学力検査をしたところ、就学前教育を受けた子供は受けなかった子供よりも学校へ行っている率が高く、成績も良好でした。

 反社会的行動についても40歳時点での逮捕者率を見ると、対照グループでは重罪2・1%、軽犯罪6・7%、未成年の犯罪O・6%だったのに対し、就学前教育を受けた子どもは重罪I・2%、軽犯罪3・9%、未成年の犯罪O・4%と低下していたのです。

 つまり、教育によって犯罪率が減ったわけです。

 ベックマンは、両親からネグレクト(育児放棄)されて育った3歳児をそうでない子どもと比較すると、脳のサイズが小さく、大脳皮質が萎縮しているというデータを引きながら、幼少期の環境が脳に影響を与えることを強調しています。

 つまり犯罪者の脳に問題が発見されたとして、それが遺伝のせいなのか、後天的にそうなったのかも、すぐに結論を出すことは難しいわけです。『もともと脳がおかしいやつだから』とレッテルを貼って片づけることはできません。社会の問題によって、後天的に脳が壊れたのかもしれないからです。

 教育だけでなく、家庭環境の違いでも犯罪率に違いが見られます。

 アメリカの著名な小児科医ナディン・バーク・ハリスは、幼少期から思春期にかけて虐待や薬物、アルコールその他の強い負荷がかかる環境で育った子どもの体や脳がさまざまなダメージを負い、ストレスに対する反応が異常になってしまうとする研究を発表しています。ハリスの研究や啓蒙活動はネットでも手軽にご覧になれます。

 脳のなかで幼少期のストレスから最も強く影響を受けるのは前頭前皮質、つまり自分をコントロールする役割を果たす部位です。また、身体的ないしは性的な虐待を受けた人間には海馬の機能低下がみられ、ノルアドレナリンの感度が増強され攻撃性が増すとするエビデンスが多数報告されています。

 アメリカでは、1980年代に重罪で投獄された青少年の約70%は父親不在で育てられていたことがわかっています。オレゴン州社会的学習センターの研究では、反社会的な男児のうち、両親がそろっている家庭の子どもは30%未満でした。

 1994年に全米で家出をした13万人を超える10代の若者のうち、72%はひとり親の家庭の子どもでしたし、同年にミネソタ州セントポールで行われた不登校児の研究では、70%がシングルマザーによって育てられていることがわかっています。

 ただし、遺伝の時と同じように、すべての理由を『家庭環境のせい』とすることもまた不可能です。『問題のある親だったがゆえに家庭が崩壊し、その気質が遺伝的に子に受け継がれたから問題行動を起こした』という可能性も否定できません。」

 

「注意を促しておけば、脳科学や神経科学の研究者は『遺伝的な要素が大きい』と判断しがちであり、社会学者や教育学者は『後天的な要素が大きい』と判断しがちな傾向があります。実験者の内観、先入観に結論が左右される部分があるわけです。

 そうした違いは、呼称にもあらわれます。

 ロバート・ヘアは著書『診断名サイコパス』の中で、心理学、生物学、遺伝的要因を重んじる人たちは『サイコパス(精神病質者)』という名称を好み、社会の影響力や幼年期の経験に由来していると考える臨床家や研究者(社会学者や犯罪学者)は『ソシオパス(社会病質者)』と呼ぶことが多いと指摘しています。

 私は脳科学者ですから、やはり遺伝的要因のほうを重視してしまいます。

 ヘアの研究でも、サイコパスの家庭環境はほかの犯罪者の家庭環境と異なるという証拠はない(どのみち犯罪者は問題の多い家庭出身である)が、家庭生活が安定していようと不安定であろうと、サイコパスが最初に姿を現すのはほぽ14歳であり、健全な家庭に育ってもサイコパスの場合は環境が歯止めにならない、としています。

 だとすれば、サイコパスになる原因としては、後天的要因よりも遺伝的要因の影響のほうが大きいはずです。

 幼児期の親子間での愛着が阻害されたためにほかの人々と感情的に絆を結べなくなる愛着障害とは異なり、サイコパスが家族から離れるのは『結果』であって『原因』ではないと、ハーバード・メディカル・スクールの心理セラピスト、マーサ・スタウトも結論づけています。

 『サイコパス 冷淡な脳』(ジェームズ・ブレア、デレク・ミッチェル、カリナ・ブレア共著)でも、こんなことが指摘されています。環境ストレスがかかった人間は海馬が萎縮し、情動回路の反応性が増大する、つまり感情的に攻撃するようにはなる――がしかし、サイコパスはそもそも情動反応が薄いのに攻撃的なことが問題なのだから、後天的要素は関係がない、と。

 一方、後天的要因も無視すべきではないと主張する神経科学者も、少数ながら存在します。

 たとえば神経科学者ジェームス・ファロンは著書『サイコパス・インサイド』のなかで、サイコパスの発現について『3脚理論』を提唱しています。3本の脚とは以下の3つです。

 

①眼窩前頭前皮質と側頭葉前部、扁桃体の異常なほどの機能低下

②いくつかの遺伝子のハイリスクな変異体(MAOAなど)

③幼少期早期の精神的、身体的、あるいは性的虐待

 

 この3つが揃わなければ、反社会的行動をするサイコパスにはならないと指摘しています。さらに、ファロン自身および彼の一族は①と②には該当する(!)ものの、③だけがなかったということを告白しています。

 ファロンのように、最近では遺伝か環境かの二者択一ではなく、多くの文献が、遺伝と環境との相互作用が人間や動物の発達に関わっているのだと示しています。

 たとえば、先ほど説明したアヴシャロム・カスピらによるMAOA遺伝子についての研究結果のように、もともと遺伝的に持っていた潜在的素質が、虐待を受けることがトリガーになり、『遺伝子』十『環境』で発現するものもあるわけです。

 あたたかい家庭に生まれ、十分な教育を受けていれば平穏に生きられたかもしれない人間が、幼少期の虐待、母性の剥奪、劣悪な養育環境といった負の刺激が入ったがために遺伝子のスイッチが入ってしまい、前頭前皮質が育たず、『負け組サイコパス』=殺人者になってしまう場合もあるでしょう。」

 

「ただし、くれぐれも注意していただきたいのですが、『脳の機能について、遺伝の影響は大きい』という話は、反社会的な傾向を発現しやすい遺伝子を持つ人を見つけて排除しろ、ということではありません。

 たとえ遺伝的に反社会的な素質を持っていたとしても、環境次第で発現を抑えることが可能であることを、脳科学の研究結果は示唆しています。彼らが適応して生きられるように社会システムを整え、資質を生かせる何らかの道を用意するのがよりよい選択といえるでしょう。

 すでにDNAの解析が個人レベルで行われ、個人情報として蓄積されていく時代です。

 たとえば先述したMAOAについても、唾液や頬の粘膜を採るだけの簡単なDNA検査によって、調べることができてしまいます。

 その結果次第で『この人は反社会的傾向が高い』とレッテルが貼られてしまい、就職や結婚という場面で差別が起きたり、『犯罪者の子孫』というだけで監視せよという世論が盛り上がったりしてしまうおそれもあります。

 であればこそ、社会倫理的にも法的にも、優生学的な考えを退け、対処できるような枠組みが必要です。遺伝子が人の行動や心理に大きな影響を与えるという点はタブー視せず、科学的事実として受け入れた上で、社会的な対応を準備しなければなりません。

 日本人類遺伝学会は遺伝子情報については慎重に取り扱うよう警告を発しています。しかし厚生労働省をはじめとする中央省庁では、どのように規制・管理すべきかについてまだ十分な議論が尽くされておらず、不透明な部分が大きいのが現状です。

 遺伝情報に関する個人レベルでのリテラシーの向上も必要です。遺伝子診断を請け負う会社のなかには、診断基準に用いたソースとなる論文を提示してくれるものもあります。『あなたはこの遺伝子にこのミューテーション(変異)が入っているから、IQがこれぐらい高くなります。この論文に準拠して判定しました』ということが示され、論文も添付されてきます。自分で読んで判断できるようになっているわけです。

 また、『このソース論文はどれぐらい信用できるか』という信用度も5段階評価の星印でついてきたりします。『この論文は星5つ中、星2個だから、鵜呑みにしないほうがいい』という形質もあれば、『高確率で心臓疾患を患います』という形質もあるわけです。

 しかし、現実にはこういったサービスを、巷に流布している『右脳左脳占い』『食べ物の好みで性格がわかる』『血液型占い』などといったあやしげなテストを鵜呑みにしがちな人が、あたかも『遺伝子占い』のような気軽さで利用しているケースも少なくない状況であるわけです。

 科学的なテストには『信頼性』と『妥当性』という2つの基準を満たす必要があります。これを満たさないものは飲み屋の話題程度にとどめておくのがいいことを知っておいていただきたいと思います。

 現状では、遺伝情報が採用試験などに用いられ、データを企業側に渡してしまうと、『リスクが少しでもある人材は排除しよう』という問題が起こる危険性が高いと言わざるをえません。

 いずれにしても『反社会性に相関する遺伝子を持っていたとしても、100%そうなるわけではない』ことは周知していかねばなりません。

 本章の結論をくりかえします。

 サイコパスに関していえば、遺伝の影響は無視できないものがあります。

 そしてこれからの時代は遺伝情報が当たり前のように取り扱われるようになっていくことが不可避でしょう。

 したがってその点に関しては社会制度や法整備、遺伝に関するリテラシー向上をはかっていくべきです。

 また、虐待や劣悪な環境を避けることで反社会性の発現のいくらかは抑えられるという研究がありますから、こちらも社会全体として施策を行っていく必要があります。」

 

「さまざまな研究結果により、幅はあるものの、100人に1人程度はサイコパスが存在することが明らかになっています。もしサイコパスか生存に有利であるならば、サイコパスは人類の歴史の中で徐々にその数を増やしていったはずです。あるいは、サイコパスが人類社会での生存に適さず、社会から完全に排除されていたならば、子孫を残すことができず、淘汰されてしまっていたはずです。しかし現実は、どちらにもなっておらず、マイノリティではあるけれども一定数が生き残っている、という状況です。

 いったいなぜサイコパスは一定の割合で存在するのでしょうか?

 その問いを探って行くと、『なぜ人類は『心』を持つようになったのか?』という重大

な謎を解き明かす足がかりにも繋がって行くのです。」

 

「サイコパスは、非サイコパスの人間たちにとっては非常に厄介な存在です。

しかし、人類という種の繁栄のためには必要だった――そういう個体が一定数いたほうが、マクロな視点から見れば、生存に有利なこともあったのかもしれません。

人類はアフリカで誕生後、短期間に急速に分布域を拡げています。リスクを恐れず、未開の地への移住を試みた祖先たちの中には、サイコパスが存在したかもしれません。大航海時代の探検家や、フロンティアを求めてアメリカ西部を開拓していった人たちのなかにも、恐怖や不安を知らないサイコパスがいたでしょう。率先して危険を顧みずに行動したサイコパスがいたからこそ、普通の人たちが鼓舞され、迫随できたのかもしれません。

アメリカ陸軍士官学校(ウェスト・ポイント)心理学・軍事社会学教授を務めたデーヴ・グロスマンの指摘によれば、『戦場でためらいなく敵兵を撃てるのは100人に1人か2人』しかいないそうです。敵を殺し、味方が死傷するのを目の当たりにしたことでPTSDになり、兵士としては使い物にならなくなる人も少なくありません。戦場では、自分が殺されるかもしれない状況でも迷いなく落ち着いて敵を攻撃することができ、味方の悲惨な死体を見ても心理的なダメージを負わない人物が勇敢な英雄として讃えられてきました。そういう人間は、おそらくはサイコパスでしょう。

ケヴィン・ダットンは、アメリカの有人宇宙船アポロ11号の乗組員ニール・アームストロングがサイコパスだったのではないか、と推察しています。アームストロングはあわやアポロが月の岩場に激突寸前という状況下でも、ひとりだけきわめて冷静沈着に判断を下し、見事、人類初の月面着陸を成功させたからです。

リスクに直面しても恐怖や不安を感じない人間、共感性が低い人間、平気でウソがつける人間が必要とされる状況は、他にもいくつもあります。

前人未到の地への探検、危険物の処理、スパイ、新しい食糧の確保、原因不明の病気の究明や大掛かりな手術、敵国との外交交渉……サイコパスはほかの人間たちができないような仕事を引き受けることで、人類全体の役に立ってきた面もあるでしょう。

アメリカの著名な認知心理学者スティーブン・ピンカー(ハーバード大学教授)が著書『暴力の人類史』でくわしく辿っていますが、人類は現在よりも過去の方がはるかに暴力的であったと考えられます。戦争も殺人も、時代を遡れば遡るほどに、身近にあったのです。人が傷つくことも死ぬことも、理不尽な目に遭うことも、今よりずっと多かった環境においては、サイコパスの暴力性はそれほど目立たなかったのかもしれません。戦時をはじめ、人を殺したり、騙したりすることが生き延びるために重要な状況は人類の歴史上少なくなかったのです。むしろ争いの渦中にあった時代のほうが長いわけです。

とすると、サイコパスの遺伝子が消失していない理由もよくわかります。

また、犯罪の痕跡を調べる技術や科学捜査が急激に発達したのは、せいぜいここ数十年です。物証や状況証拠よりも証言の比重が大きかった時代ならば、その場しのぎの口八丁手八丁で人を騙すことがうまければ十分逃げおおせることが可能だったでしょう。サイコパスにとっては、生きやすい時代が長く続いてきたのです。

さらに言えば、普通の神経ではとてもつとまらない仕事は、いつの時代にもあります。

冷徹さを求められたり、一瞬でも冷静な判断を失ってはならないものであったり、どんなに請われても他人を信じたり隙を見せてはまずいような仕事がそれにあたります。そうした作業は、サイコパスには適性があります。

神殿巫女のように、複数の男性と性的な関係を結び、確信に満ちた御託宣(ウソかもしれないけれども)をのたまうことで、共同体の運営を円滑にするような仕事もありました。

現代の基準からするとその形態は不道徳な乱交であっても、それが本人を含めた共同体全員の利益となるのであれば何の問題もないわけです。

サイコパスが必要とされる状況は、昔も今も確実に存在するのです。」

 

「人間の脳の発達段階において、良心をつかさどる前頭前皮質と扁桃体のコネクティビティが他の部分に比べて遅れて発達するということは、進化の過程において絶対に必要な原始的な部位が完成した後に、いわば『建て増し』のような領域としてできた部位であるとも考えられます。

つまり、倫理や道徳とは、人類が生きていくために後付けで出現したものだということが、脳の発達段階からもわかるのです。

しかも良心の概念は、時代や環境によって変わります。戦時中や飢餓のような状況では、敵を殺さないとか『囗減らし』をしないほうが、むしろ反社会的である時代すらあったわけです。一夫多妻が当たり前で、妻が1人であることの方が人間としての格が低いとされる社会だってあるのです。

良心は、社会性と密接に関わっています。人間社会が多様であり、かつまた変化していくものである以上、その社会性の基準はつねに変化します。変化する部分については、後天的に学習する必要があります。

そして、この部分の学習機能こそ、サイコパスが一般人とは大きく異なる部分です。」

 

「日本社会は、クン族に見られるような価値観を善としてきました。この点から考えると、日本人は環境条件が厳しい中で長らく耐えてきたのだと考えても不自然ではありません。

第二次大戦後の数十年で日本は世界有数の経済大国となりましたが、こんな豊かな状態は日本史上、おそらく稀なのでしょう。

日本はいまでも自然災害による被害総額では世界上位に位置しています。日本の国土面積は全世界のO・25%しかありませんが、自然災害の被害総額では全世界の約15%~20%を占めています。かつての日本では、地震や噴火、台風による水害、気候変動による冷害そしてそれらに起因する飢饉は珍しくありませんでした。

すると、集団での協力体制が強固でなければならず、夫婦はともにいて、子どもに対してもリソースを割くべきという社会通念が生じます。

こういう国ではサイコパスは育ちにくく、生き残りにくいはずです。

ちなみに日本の新聞や雑誌のデータベースで検索してみますと、サイコパスという言葉は、90年代まではほとんど出てきません。オウム真理教による地下鉄サリン事件(95年)が起こった頃に一部の精神科医が用いていましたが、あまり広まらなかったようです。

一方、韓国の新聞報道を調べると、『サイコパス』という単語が頻出します。これは韓国にサイコパスの割合が多いということではなく、犯罪者や仮想敵を叩くためのレッテル貼りとして用いられているようです。

韓国は伝統的には儒教社会で、集団を護持する機能が発達していました。ところが急速な経済成長を遂げ、利己的で競争的な生き方のほうが歓迎される社会へと変化が進みました。猛烈な受験競争もその一端と言えそうです。

遺伝子は社会や科学技術の変化よりもずっと変化の速度が遅いですから、1世代か2世代でガラリと生理的な快/不快の基準が変わることはありません。

すると、頭では他人を出し抜くような生き方に適応しなくてはいけないとわかっていても、情動の部分ではそんな人間は許せないと感じてしまう。その軋轢か、過剰なまでのサイコパス呼ばわりと集団的なバッシングにつながっているのではないでしょうか。」

 

「サイコパス自体だけでなく、サイコパスの餌食になる人も、なかなか興味深い存在です。サイコパスのウソや奔放な性関係が完膚なきまでに暴露された後も、なぜかその人を信じ続け、支持し続ける人が少なくありません。

 自分が騙されていたことがわかったり、犠牲者の存在が明らかになったりしても信者であり続ける――不思議な話だと思いませんか?

 実は、人間の脳は、『信じる方が気持ちいい』のです。これもまた、集団を形成・維持する機能の一つと言えるかもしれません。

 人間の脳は、自分で判断をおこなうことが負担で、それを苦痛に感じるという特徴を持っています。これは認知負荷と呼ばれるものです。

 また、『認知的不協和』という現象もあります。人は、自身の中で矛盾する認知を同時に抱えて不快感(葛藤)をおぼえると、その矛盾を解消しようと、都合のいい理屈をつくりだすことが知られています。簡単に言えば、いったん『これは正しい』と思い込んだことが後から『間違っている』と証拠を突きつけられた場合、人間の脳は『言い訳』の理屈を考え出し、何とか間違いを認めずに済むようにしようとするのです。

 何かを信じたら、そのまま信じたことに従い、自分で意思決定しない方が、脳に負担がかからず、ラクなのです。たとえば、宗教を信じている人の方が、そうでない人よりも幸福度が高いというエビデンスもあります。それがイイカゲンな宗教であっても、信じる方が幸せ、という人間の本質そのものは変わりません。

『信じるな』『目を覚ませ』と諭すのが、本当にその人にとって良いことなのかどうかもまた悩ましい問題です。人間の一生は無限に続くわけではなく、私たちはそれぞれに有限の時間しか持っていません。そうした有限な時間を過ごすにあたって、信じてお金や時間を投じてしまった過去の自分を否定させることは、あまりに酷なのではないでしょうか。もし、信じたままの方が幸せなのだとしたら、はたしてどちらが幸せなのか……難しいところです。

 サイコパスは、『信じたい』という、人間の認知のセキュリティホールともいえる弱点を、巧みに突く生存戦略を取っている存在とも言えます。

 ネット社会になって一般人でも強力な検閲手段を持ち、過去の経歴や言説まで遡って検証できるようになったため、普通に考えればウソつきに騙される確率は減りそうな気がします。

 しかし、ネット社会には別の側面もあります。ネットは強力な暴露装置であると同時に、同類の人間を即座に結びつけることができるツールでもあります。どんなトンデモな理屈の持ち主同士、騙されたことを認めたくない信者同士でも、ネットを使えばすぐにつながることができ、クラスター化されてしまいます。そうしたクラスター内では、お互いの存在を確認することによる安心感があり、クラスター外からの声を無視できるため、さらに強固な信者となっていきます。

 サイコパスが指導者として信者たちに対し『自分は被害者で、一部の者が私を貶めようとしている』という陰謀論を主張すれば、一定数は信じ続けてしまう環境が整っているのです。

 いったん信者たちから搾取できる宗教的な構造や、ファンコミュニティをつくってしまえば、外から何を言われようが、完全に崩壊することはまれだといえるでしょう。」

 

「研究の世界だけでなく、社会に生きる私たち一人ひとりにも課題があります。

 サイコパスには一般人からすると不可解な特徴があり、時には危険な存在になりうることも事実です。たとえあなたがサイコパスであったとしても、別のサイコパスの標的になる可能性もあります。

 しかし同時に、サイコパスは、100人に約1人という、決して少なくない社会の成員でもあります。

 アメリカ・ルイジアナ州立大学法科大学院教授のケン・リーヴィは、サイコパスに刑事責任を科すべきか否かを問うています。サイコパスは理性的には善悪の区別がつくのに、情動のレベルでは犯罪行為が道徳的に間違いであることがわからないからです。罰金や懲役といった刑罰が、悪事や過激な行動をセーブする役割を果たさないのであれば、それを科すことの意味もまた、問い直されなければなりません。

『反省できない人もいる』『罰をおそれない人もいる』という事実を、人はなかなか認めることができません。しかし、これは事実です。そして、罰をおそれない人間からすれば、反社会的行為を抑制するために作られた社会制度やルールは、ほとんど無意味です。

 別の手段によってサイコパスの犯罪を抑制・予防する方向へ、発想を転換しなければなりません。

 サイコパスの思考方法やふるまいを本人の意思や努力で後天的に変えていくことが難しいのであれば、社会はどのように向き合うべきなのか、どんな道を示すことができるのか……残念ながら、議論が尽くされているとは言えません。そうした議論をせず、ただ『あいつは遺伝的に危険だ』と機械的に排除するような風潮が広まれば、それ自体が極めて危険な社会と言えるでしょう。

 好むと好まざるとにかかわらず、サイコパスとは共存してゆく道を模索するのが人類にとって最善の選択であると、私は考えます。」