ナディン・ゴーディマ作「ジャンプ」

 ナディン・ゴーディマが南アフリカの作家で、91年にノーベル文学賞を受賞したことなどは、大江健三郎との往復書簡集などで知っていたが、小説を読んだことはありませんでした。

 この短編集の表題作「ジャンプ」は、受賞の年に発表されたものです。

 この短編集は、アパルトヘイトの全廃が法的に決定した後、新しい社会へ移行する人びとの動揺や不安の心理を描いたものです。人種差別をここまで昇華しているとは。文学、純文学の高みに身震いします。

 決して肌の色を書くことなく、差別を、それぞれの心理を描きます。

 私は、冒頭の「隠れ家」が最も気に入っています。男女の機微が第三者の視点から描かれています。白人女性と黒人活動家との物語です。非常に抑制的に書かれていますが、大きなものが伝わってきます。

「銃が暴発する寸前」の最後の3行は珠玉。深い含蓄を感じます。

 

 

「喜んで彼を警察に引き渡すに違いないような人びとに囲まれてバスに座っているいま、このような自己満足の感情は危険なものだ。しかし、彼はこのちょっとしたスリル、腹の底から沸いてくるような笑いを抑えることができない。もしかして、これが自由なのか? 自由とは結局、秘密で、内的なもの? しかし、そんな思索に耽るのもまた、危険なことだ。いまの状況では、自由の概念を弱めることになる。自由のために彼は、発見され再び投獄されるリスクをおかしてきたのではないか。

 ある日の午後のこと、街でバスが発車するのを待ちながらぼんやりと窓の外を眺めていた彼は、すぐ隣りに座っているある存在に気がついた。ほとんど動物的に気がついたのだ。いつもバスの中で感じる汗とデオドラントの混じったむっとするような匂いや、果物の皮や足の匂いとは違うものだった。香水だ。他の乗客の給料の一か月分もする本物の香水の香りだった。そして音。足を組み替えるときに絹が擦れる音。

 彼は背中を伸ばして窓から顔を離した。正面を見てぶしつけにならない程度の時間を稼いでから、ゆっくりと頭をまわした。それも、バスの発車が遅いのでたんに苛立っているだけのような素振りで。

 女だった――もちろん。彼は本能的にそれはわかっていた。グレーの絹のパンツ。いやパンツのように見えるけれども前で分かれているしゃれたスカート。そしてパステルカラーのサンダルから足の甲が見える。ゆったりしたブラウスのネックラインの下には、絹の布地が光沢を放っていた。――胸が盛り上がったり下がったりしている。息が弾んでいる。怒っているのかもしれない。彼は彼女がもう少しゆっくり座れるように席を詰めた。彼女は彼のほうを見ずに黙って会釈した。彼女は彼を見なかった。頭の中で会話のようなもの――会話というよりは独白のほうが近いのだろうが――をしている最中なのだろう。苛立ちと怒りのために彼女の唇の端が捩じり上がっていた。」

 

「『あの人たちは私には非現実的なのよ。もちろん、彼らがみんな黒人であることも関係あるけど、それだけじゃないの。だって、私たちに共通のことがないのは、わかりきった話でしょう? あの人たちにとってなんとかうまくいきますようにと祈るわ。もっといい暮らし……状態が必要よ。いまいろんなことが変わり出したということは、きっと彼らにとってはいいことなのでしょうね。でも、私とは関係ないの。関係なんてあるはずないでしょう? 私たちは彼らの学校や住宅やいろいろなことのためにお金をあげるわ。主人の会社はそうしているし、だれでもみんなそうしてる。あなだだってそうでしょう? あなたの意見はどうなのか知らないけど……』」

 

「彼と同じく彼女にもまた、心配で不安な瞬間があった。それはいまの現実――彼女の現実――との葛藤によって起きるものだった。彼女の生活の外のこのエピソード、どういう結果にも結びつかないこの状態に対する不安、それは、ちょっとした言葉や身振りに現われた。内面のたたかいが、ある種独特なからだの動きとなって露呈するのだ。

 ある晩、彼女は裸のままベッドの上であぐらをかいた。両腕で膝を囲み、縮めた足を両手でしっかりと握っている。その姿を見て彼は当惑したが、その理由は腹の中に飲み込んだ。それは命の根元から危険信号を送り出してくるものだった。拘禁され尋問された後、彼は独房の床の上であのように自分の足を握り締めたことがあった。痛みに耐え抜いたからだを固くしたまま、怒りで胸が張り裂けそうな思いで。だが、彼女、彼女は単に自問しているだけだった。

 しかしそれでも、彼の胸は彼女のその姿を見て痛んだ。彼女とはさっきまで愛の行為  を交わした仲ではないか。彼女もまた彼と、しかもとても大胆に。彼女のような人間の  苦しみを、大局的に見れば大きな問題ではないからといって、見ぬふりをするべきでは  ないのではないか。

『オーストラリアから長い電話があったの。話をしているあいだ、私の頭を占めていたのは、彼が私と二人でここにいるとき、トイレのドアを閉めないということだけ。彼のオシッコの音が聞こえるの。まるで通りで馬が放尿するような音。彼は絶対にドアを閉めないの。そしてそのあと大きいオナラの音が聞こえることもある。私がここに寝ていること、私に聞こえることなど、彼はぜんぜん構わないのよ。彼が私に話しかけているあいだ、私はそのことばかり考えていたの』

 彼は、ほとんど愛情深いといってもいいような笑いを見せた。

『ふうん。われわれは粗野だからな、われわれ男というものは。でも、そういうきみだって、決して上品とは言えないよ。きみはとても身体的な女性だもの』」

 

「毎朝、テントのなかのひとが起き、赤ん坊が泣いて、外の水道のところがこみあうころ、そしてあたしたちがまえの晩にたべたなべにはりついているおかゆののこりをどこかの小さいこどもたちがはがしてたべるころ、あたしとおにいちゃんはくつをみがいた。そのあとあたしたちはおばあちゃんのまえに足をのばしてすわって、ちゃんとみがいたかどうかみせなければならなかった。くつをもっている子は、ほかにいなかった。そうやってあたしたち三人がくつをみるときは、なんだかほんとうの家にいるような気がした。戦争もなく、こんなに遠いところにいるのでもなく。

 白人が何人か、テントのなかでくらしているあたしたちの写真をとりにきた。――映画をつくっていると言っていた。映画ってみたことないけど、あたし、すこししっている。白人の女のひとが、あたしたちのところに割り込んできて、おばあちゃんにいろいろきいた。ほかのひとがその女のひとの言うことをあたしたちの言葉になおしてくれた。

 こんなふうにくらしてどのくらいになりますか?

 ここでってことをきいているのかね、このひとは? おばあちゃんが言った。このテントには、二年と一か月だね。

 それで、将来はなにを望みますか?

 なにも。もうここにいるんだから。

 でも、お子さんたちのためには?

 勉強して、いい仕事について、金をかせいできてくれればいいと思うよ。

 モザンビークに、あなたの国に、帰りたいですか?

 帰らない。

 でも、戦争が終わったら、――ここにいることはできないでしょう? 家に帰りたくないのですか?

 おばあちゃんが話すのをいやがっているのがわかった。もうきっと白人の女のひとに答えないだろう。白人の女のひとは、首をかしげて、あたしたちのほうをみて、にっこり笑いかけた。

 おばあちゃんはそのひとから目をそらして、あそこにはもうなにもない、家はないよ、と言った。

 おばあちゃんはどうしてそう言うのだろう。どうして? あたしは帰る。あのクルーガー・パークをとおりぬけて帰る。戦争がおわって、もう盗賊が出なくなったら、おかあちゃんがあたしたちを待っているかもしれない。もしかすると、あのとき、おじいちゃんはちょっと遅れただけで、どうにか道をみつけて、ゆっくりとクルーガー・パークのなかをとおって、家に帰っているかもしれない。

 きっとみんな、家にいる。あたし、みんなを忘れない。」

 

「ヴェラの相手が、結婚前に両親に会うためだけに彼女を故郷まで送り込む経済力があるのなら、彼はきっとレストランで昇進したのだろうとみんなは解釈した。外国人に対して冷たいこの国で、彼のような若者はいい待遇を受けていなかったのだが。

 上の階の大家も、このニュースを喜んだ。大家はある晩、シャンペンをもって、彼らが小さいときから知っているヴェラと彼の結婚を祝して乾杯しようとやってきた。未来の夫が、一同のグラスにシャンペンを注ぎ、自分のグラスにはオレンジジュースを注いだとき、部屋は気持ちのよい笑いに包まれた。

 守衛をしている父親も、娘は結婚するのだが、まずその前に親たちに会いに向こうの国に行くのだと誇らしげにクラブのメンバーの紳士たちに話した。この紳士たちの息子や娘たちはいつも旅行をしていた。毎日、彼はクラブで外国の名前を耳にした。『中国を自転車で旅行をする……、考えられるかね』『二か月ペルーで休暇、なかなかいいらしいよ』『この間はバリアーリーフでスノーケリングをしたとか……』

 未来の義理の両親に会いに、砂漠と椰子の木の国を訪ねる、か。悪くないね!

 両親は彼女が発つ前に婚約祝いと歓送会をかねた小さなパーティを開こうとした。ヴェラは自分の友達数人と、前に紹介されたことがある彼の友達を何人か呼ぼうと思った。彼がいまでも彼らとときどき会っていることを彼女は知っていた。――彼といっしょに彼らに会いに行こうとは思わなかった。女がついていくことは彼らの習慣ではなかったし、どちらにしても、彼女は彼らの言葉がわからなかったからである。しかし、彼はパーティに関心を示さなかった。

 彼女は休暇用のボーナス(いまおなかの中で動く赤ん坊を感じながら、もともとそれを引き出した目的はなんだったのかを思うと、信じられない気がした)を手にして、家族へのおみやげになにを買ったらいいのか、繰り返し彼に聞いた。彼の両親、彼のきょうだいの名前はすでにすっかり覚えていた。彼はおみやげは自分が用意する、なにを買ったらいいか知っているから、と言った。出発の日が近づいても、彼はまだなにも用意していなかった。」

 

「マレイス・ファン・デル・ファイヴェールは、自分の農場の使用人を銃で撃ち殺した。事故だった。毎週、銃による事故がひんぱんに起きていた。人びとが家の中に銃をそなえもっている市街では、子どもが父親の回転銃で遊んで命取りの事故を起こしたり、こんどの事件のように田舎で狩猟時の不慮の出来事などもあったが、これらは世界中に報道されることはなかった。ファン・デル・ファイヴェールはしかし、自分の事件はきっとそうなると知っていた。

 アフリカーナー〔十七世紀以降、おもにオランダから移住してきた白人の子孫、南アの絶対的支配階級〕の農場主で、地域の政党指導者で地方保安部隊の司令官でもある彼が、使用人の黒人を撃ち殺したこの事件は、彼らの南アフリカのイメージにぴったりだった。彼らのために作られた話のようなものだった。

 彼らはそれをボイコットや剥奪のキャンペーンに使うだろう。彼らの主張するこの国のもう一つの真実ということになるだろう。地元の新聞は海外の新聞に報道されたとおりにこの事件を伝えるだろう。そのやりとりのなかで、彼とその黒人はアパルトヘイト反対の横断幕にひどい人相で描かれる人物となり、黒人にたいして暴力を振るう白人の残虐行為の一つとして統計に数え入れられ、国連で引用されるようになるのだ。彼らは大喜びで彼を与党の“指導者の一人”と呼ぶだろう。

 農場主たちは、彼の気持ちがよくわかった。男を一人殺しただけでも、十分に運が悪いというのに、そのうえ党や政府や国の敵に利することをしてしまったのだ。日曜日の新聞には、ファン・デル・ファイヴェールが『ひどくショックを受けている』、『使用人の妻と子どもたちの面倒は自分がみる』と言ったと出ていたが、アメリカ人やイギリス人、それに白人支配を破壊しようとする人びとの中に、彼のその言葉を信じる人はいないだろうということを、農場主たちは知っていた。

 ある新聞には(もっとも新聞記者の書くことなど当てにはならないが)、彼がその使用人について『彼は私の友達だった。私はいつも彼を連れて狩りに行った』と言ったと書かれていたが、その彼の言葉がいかに人びとのあざけりを受けるか、彼らは知っていた。

 都会の人びとや外国人たちには、ほんとうだということがわからない。農場主はふつう、狩りに行くときにお気に入りの使用人を一人連れて行くものなのだ。そう、それを友達と呼ぶこともできる。友達というのは、家に招待したり、教会でいっしょに祈ったり、政党活動を共にしたりする、自分と同じ白人ばかりをいうのではない。しかし、外部の人びとにそれがどうしてわかるというのか。彼らはそんなことは知りたくないのだ。彼らは黒人はみんな、都会の大ぼらふきのアジテーターと同じだと思っている。新聞の写真で、ファン・デル・ファイヴェールの顔は、ショックのために奇妙にうつろな表情をしていた。その地方の人間ならだれでも、ファン・デル・ファイヴェールは小さいときに、だれかが笑いかけたりしようものなら、物陰に隠れてしまうようなこどもだったと覚えている。また、いま大人の彼は、その厚くて柔らかい口髭に表情の変化を隠してしまうことや、集中して人になにかを話すとき、あるいは人の話を聞くときは、指にもっている作物の葉やペンや石などをみつめながらするような人物だということを知っていた。写真は、ショックが人間に与える影響を示していた。新聞写真を見た人は、皆謝りたいような気持ちになった。まるで見てはいけない部屋の中をのぞいたように。取り調べが始まるだろう。そのほうがいい。事故であることに疑いがなく、またファン・デル・ファイヴェール自身がすべてを認めていても、もっと他にも使用人に対する残虐行為があったのではないかと人びとが憶測するのをとめるために。死んだ男をトラックに積んで警察に現れたとき、彼は起きたことを説明した。警察署長のベーツゲは彼をよく知っていた。署長は彼にブランデーを与えた。彼は震えていた。この大きくて、穏やかで、賢い、ウィレム・ファン・デル・ファイヴェールの息子、一番いい農場を父親から譲り受けた男が。

 黒人は完全に死んでいた。何の手当ても間に合わなかった。ベーツゲは、ブランデーを飲んだあとファン・デル・ファイヴェールが泣いたということを決してだれにも言わないだろう。彼は泣いた。鼻水が手にぽたぽたと落ちた。どろんこのやんちゃ坊主のように。署長はそんな彼に同情し、落ち着きを取り戻すチャンスを与えようと部屋を出た。」

 

「死んだ男の母親は、せいぜい三十半ばだろうか(なにしろ彼女らは、十代からこどもを産みはじめるから)。しかし、両親のあいだに挟まれて黒いドレスを着て立っている姿は、ずいぶんと老けて見えた。彼女の両親も先代のファン・デル・ファイヴェールに、マレイスがまだ子どものころ(彼らの娘もまた)から働いてきた。両親は娘をまるで気違いのように、さもなければ囚人のように両脇からしっかり抱え込んでいた。しかし彼女は一言も言葉を発しなかったし、暴れもしなかった。

 彼女は顔を上げなかった。トラックの運転台の天井をぶち抜いたファン・デル・ファイヴェールを見ようともしなかった。彼女はものも言わずに墓をみつめていた。なにごとも彼女に顔を上げさせはしない。彼女が顔を上げて、彼を見るおそれはまったくなかった。」

 

「知らないということが、彼らにわかるはずがない。何にも知らないのだということが。白人の過失で無残にも撃ち殺された黒人の若者は、農場主の使用人ではなかった。それは彼の息子だった。」

 

「暗闇のベッドの中で、テレサは話し、泣き、片側にアフガンを、もう一つの側には恋人・夫のあたたかさを感じて落ち着いた。泣いた理由は自分が暖かいところにいるときに、母親は寒いところにいるためだと夫にいう必要はなかった。彼女は眠れなかった――彼らは二人とも眠れなかった――。母親は、彼女に動けないほど厚い服と、息も詰まるような従順性と、厚い宗教心を強いた人だった。その人がいま寒いところにいる。

 彼女が彼を愛した理由の一つは――決してそのために彼と結婚したわけではなかったが――、母親から逃げ出すためだった。彼を愛すること、世界の反対側からきた人を愛すること、彼女の母親の知らない世界からきた人を愛することは、母親の知らない雪と氷を抱きしめることだった。彼は彼女を家族という悪臭を放つ太陽から解放した。

 彼にとって、彼女は人生の冷たくて固いへりを溶かす存在であり、子ども時代の半日を覆った長くて暗い夜や、なんらかの自然の保護本能によって彼の顎のかたちにそのまま再現されている氷壁を溶かす存在だった。彼女は、異なる民族の血が動脈のなかで混じるように家いっぱい、通りいっぱいに人がごちゃごちゃいるところから彼のところにやってきた。彼はランプで照らされた同郷のリンネの版画がかかっている一人っ子の静かな部屋から彼女のもとにやってきた。鐘状のガラス筒に入って海底で魚を観察する科学者の孤独な旅からやってきた。彼自身は大人になると植物学者ではなく海洋生物学者になったのだが。

 彼らは、永遠に異邦人であるカップルに特有の欲望を互いにたいしてもっていた。彼らは他のだれにも属さないカップル特有の親密さをもっていた。」

 

「同僚が、どうするつもりかと聞いたとき、彼はどうしたらいいかわからないことに気がついた。もしテレサの家族が二十九条のもとに拘禁されているのなら、弁護士も家族も面会できない。同僚たちの同情とサポートの言葉の合い間に、意味ありげな沈黙を彼は感じた(というより、彼は見た)。それは、彼のような結婚をしている者なら、彼らの生活からは決してわからないような、この種の災難は予見できたはずだと語っていた。

 家に戻ると彼女は電話で話をしていた。両手で受話器を握り締め、素足のままの足は濡れていた。そして犬は――犬も変化を現していた。骨だけになって体全体が小さくなり、濡れた毛が体に張り付いている。」

 

「三日後、彼女はちょうど昼前、研究所に電話してきた。

『どこにいるの?』

『ここよ。膝の上にドゥドゥが頭をのせてるわ!』

 彼女は笑っていた。

 彼はすぐに研究所を出た。そして今度もまた、鍵をまわすと同時にドアは内側から開けられた。彼女は手のひらを上にして、両手を差し出している。彼はその手を取らなければならなかった。ゆっくりと彼はそうした。彼らは台所へ行った。彼女はそこでパンとアボカドを食べていたのだ。いつもの彼女らしく、そこらじゅうにパンくずをこぼしながら。犬は彼女がどこに行ってきたのか、何をしてきたのかを知ろうとクンクン彼女を嗅ぎまわっていた。彼もそうしたかったが、裏切りの匂いを嗅ぐのがこわかった。

 彼女は台所の椅子に腰を下ろすと、まっすぐに彼を見た。

『母さんに会ってきたの。フランシーとロビーからの手紙もうまく持ち出せたわ。元気だったわ、母さん。もし会いに行くと言ったら、きっとあなたは止めるだろうと思って……』

 彼女は肩をすぼめ、頭を振り、ほほえみ、それでその話をおしまいにした。

 もしかすると、恋人などいなかったのかもしれない? 彼は彼女が出て行ったのはほんとうだったと知った。だが彼女がそうしたのは、彼らのためだった。あの家庭、彼が一員ではないあの黒い肌の家族、彼が属していない彼女の国のためだった。」

 

「彼はあたしにわかるように説明してくれた。黒人解放運動は組合とはちがう。組合なら、毎日仕事をしたあとの時間を、会合にあてる。だが運動では、どこへ行かされるか、次になにが起きるかさえもわからない。金だって同じだ。運動は仕事ではないから、決まった賃金などというものはない。(あたしはそんなことは知っている。わざわざ言わなくともいいのに)。“島”へ行ったのと似ている。金がなくて、土地もなくて苦しんでいるおれたちの仲間のために行くんだ。よく見るんだ、と彼は、あたしの両親のこと、こどもといっしょに彼を待っていたあたしの家のことを言った。よく見るんだ。ここは白人が所有している土地だ。おまえたちを泥とブリキで作った小屋に、それも彼のために働くという条件で住まわせている。バーバ〔父ちゃん〕とおまえのきょうだいは白人の作物を作り、白人の家畜の世話をしている。マーマ〔母ちゃん〕は白人の屋敷の掃除をし、おまえは先生になるためのちゃんとした教育を受けるチャンスもないまま農場の学校で教えている。農場主がおれたちを所有しているんだよ。

 あたしは、あたしたちに家がないのは、時間がなくて彼が“島”から帰るまでに建てられなかったからだとばかり思っていた。でも、あたしたち、もともと家なんかもっていないんだ。いまでは、あたしにもそれがよくわかる。

 あたしは馬鹿じゃない。コンビの車で彼の仲間が彼と話をするためにここにくると、あたしはお茶やビール(週末に作ったものがあれば)を出したあと、母さんといっしょに席をはずしたりしない。彼らは母さんのビールが好きだ。みんながあたしたちの文化について話をする。そのなかのだれかが母さんのからだに腕をまわし、母さんはみんなのマーマ、アフリカのマーマだと言う。

 また、あるときは、“島”でみんなで声を合わせて歌を歌ったと言ってマーマをとてもよろこばせたり、おばあちゃんからおそわったみんなが知っている古い歌をマーマに歌ってもらったりする。彼女が歌い出すと、彼らは腹のそこから響く太い声でいっしょに歌う。

 父さんは彼らの声がヴェルドじゅうに響きわたるのをおそれる。もしボーア人があたしの亭主は“島”から出てきた政治活動をする男で、ここで集まりをもっていると知ったら、父さんをクビにしてしまうのじゃないか、家族を連れて出ていけと言われるのじゃないかとビクビクしている。

 でも、あたしのきょうだいは、もしボーア人がなにか言ってきたら、祈りのために集まっているだけだと答えればいいと言う。歌い終わると、母さんは自分は小屋の中にもどらなければならないとわかっている。

 あたしはそのままそこに残って、話を聞く。彼はあたしがそこにいるということをすっかり忘れて、なにかについて話したり議論に夢中になったりする。それはとても大事な話だ。あたしたちが二人きりでいるときに話すどんなことよりも大事なことだということは、あたしにもわかる。

 でもときどき、だれかほかの人が話しているときあたしは彼があたしのことを見ているのを知っている。それは、あたしが授業のときに、気に入っている子どもに話がよくわかるように、自信をつけさせるためにその子を見るのに似ている。男たちはあたしに話しかけないし、あたしも話しかけない。

 話題のひとつは、農場で働く人たちを組織することについてだ。働く人たちとは、つまりあたしの父さんやきょうだいや、かつての彼の両親のような人たちのことだ。あたしはいろんなことを学ぶ。最低賃金、労働時間厳守、ストライキの権利、年次有給休暇、労働災害保障、年金、病気休暇、そして出産休暇。あたしは妊娠している。やっと二番目の子ができたのだ。でも、それは女のことで、男には関係ない。

 彼らが“偉大な男”や“長老たち”と言うとき、あたしは彼らがだれのことを話しているのか知っている。あたしたちの指導者たちも刑務所から出てきているのだ。あたしは彼にこどもができたと話した。すると彼は、その子は新しい国に生まれる、その子はおれたちが闘ってきた自由を築きあげるのだ! と言った。

 あたしは彼が結婚したいのだけれどもいまはそのための時間がない、ということがわかっている。子どもをつくる時間だってほとんどないようなものだった。まるで食事をしたり、洗濯した服に着替えたりするのと同じように、彼はあたしのところにきた。それから娘を抱きあげると、高くあげてぐるっとまわって、はい一丁あがり! コンビの車に乗り込んで仲間に向ける顔はもう、頭の中にあることだけを話す顔になっている。

 鋭い目はまるであたしには見えないものを追いかけているみたいにすばやく動く。小さい娘は彼に慣れるひまもなかった。でもあたしは知っている。いつか彼女はきっと父親のことを誇りに思うってことを!

 六歳の子どもにそれをどう説明したらいいのか。でもあたしは“偉大な男”や“長老たち”、あたしたちの指導者のことを彼女に話すつもりだ。そうすれば彼女は、父親も彼らといっしょに“島”にいたということがわかるから。彼もまた、偉大な男なのだとわかるから。

 土曜日は学校がないので、あたしは母さんと畑に作物を植えたり雑草を抜いたりする。母さんは歌うが、あたしは歌わない。あたしは考える。日曜日は働かなくてもよい日だ。農場主の家から離れた木の下で、みんながお祈りの集まりをもつだけだ。それから農場主から敷地内に建てることを許された泥とブリキの小屋でビールを飲む。

 あたしは一人抜け出す。子どものときによく一人で遊んだり、だれにも聞かれないところでひとりごとを言ったりしたときのように。あたしは高いところにきて、夕方のお日さまが照るなか、暖かい石の上にすわる。あたしの足元から始まってこの谷全部が、山と山のあいだの道になっている。ここはボーア人の農場だけど、ほんとうはそうじゃない。だれの土地でもない。家畜はだれが主人だなんて言われてもわからない。羊だって――灰色の石みたいだけど、やがて厚い灰色の蛇がくねっているように見える――知らない。

 あたしたちの小屋や桑の木、そして母さんがきのう掘り返した、はるか下のほうにあるわずかばかりの茶色い地面、それからずっと上のほうにある煙突や農場主の屋敷にかかっている銀色に輝くテレビアンテナのまわりの木の茂み――、そんなものは、地球のせなかに乗っている取るに足らないものだ。犬がちょっと体を揺するだけで蝿を追いはらうように、そんなものは一揺すりで全部おっこちてしまう。

あたしは雲といっしょに高いところにいる。あたしの後ろから照りつけるお日さまが、空の色を変えている。そして雲はゆっくりゆっくりと形を変えていく。ピンクのもあるし白いのもある。泡のようにだんだん大きくなってふくれあがる。その下に灰色の帯が一本。雨を降らせるのにはちょっと足りない。それがだんだん長く、暗くなっていく。長ひょろい鼻と胴長のからだ、そのはしっこにしっぽが生えてくる。ものすごく大きい灰色のねずみが、空を食べながら動いていく。

 子どもは写真をおぼえていた。このひと、おとうちゃんじゃない、とあの子は言った。ここは彼が“島”にいたころあたしがよく来たところ。いまあたしはここにすわっている。ほかの人たちからはなれて、一人きりで待つために。

 あたしはねずみをじっと見守る。それは空を食べながら、だんだんなくなっていく。かたちが消えていく。そしてあたしは待っている。彼が戻ってくるのを待っている。

 待っている。

 あたしは家に戻る日を待っている。」

 

「ぽくは国境で掴まった難民の男たちが連れてこられるのを見ました。飢えていました。ぼくは彼らがどう扱われるかを見ました。彼らはわれわれの軍隊に加わるしかなかったのです。そうしなかったら、また国境に連れ戻されて餓死するしかなかった。ぼくには彼らがもうじき死ぬのが見えました。彼らの村は焼き払われ、家族は手足をメッタ切りにされて殺された。――彼らの顔や体に、実際どんなことが起きたのか、まざまざと見ることができました……故意の誤報。それについてはその基地でも話されませんでした。

 われわれの同盟相手は、われわれをもてなすディナーの席で――野生動物の肉とワイン、出されたものはすべて最高級のもの、まるでVIP扱いだった――、それらのことは話さなかった。

 それから……、ぼくは案内されてそこにあるものすべてを………見せられました。われわれの組織の声を流す秘密のラジオ局。われわれのために作られた最新兵器。彼らの工場で作られる軍靴や軍服(ぼくのものもきっとここで作られたのにちがいない)。武装し、訓練を受けたことを実行するわれわれの戦士を乗せて夜間に飛ぶ軍用機。彼らがなにをしに行ったのか、ぼくはいまでは知っている。

 なにをしにいったのだ?

 もちろん、あれは戦争ではありましたが……。

 それが?

 戦争は美しいものじゃない。どちらの側にも残酷性がある。ぼくはそう思い込まなければならなかった。そう努力しました。しかし、飛行機はまた夜中に国境を越えて戻ってきたのです。空ではなかった。ぼくは戦場から救出された難民の子どもたちだと思いました。十二歳か十三歳くらいの女の子たちです。怯えていました。歩かせるためには互いにしがみついているその子たちを引き離さなければならないほどでした。その子たちは、軍事訓練を受けている男たちのところに連れていかれました。女なしですごしていた男たちにです。彼らの欲望を満たすために。ディナーのあと、司令官はぼくにも一人勧めました。彼のためには、すでに少女が一人用意されていました。彼はその子の服をはぎ取って裸にしてぼくにみせた。

 そう、もちろんぼくはその少女たちになにが起きたか、知っている。われわれの軍隊は人が呼ぶとおり人殺しの群れになってしまった――いや、もしかすると、ずっとそうだったのかもしれない。病院を焼き払い、村人の耳を切り取り、強姦し、労働者がいっぱい乗り込んでいる列車を吹き飛ばした人殺しの群れ。ぼくが生まれたこの国を蹂躙し、荒廃をもたらした。荒廃は目の前にある。燃えるようなカーテンで遮られているだけだ。

 夜、カーテンを開けると、それは暗闇の中にまだ佇んでいる。盲目のビルのかたまり、爆破された大通りの跡、かすかな光でそれとわかる荒れ果てた広場。ぼくがよく知っているところだ。知らないとは言えない。町もぼくのことをよく知っている。

 それはそこにある。太陽が窓を照りつけるとき、人びとは乞食になり、通りで物乞いしている。かつてはわれわれの――白人の――アパートだったところでキャンプしている。電気はない、タイル張りの浴室には水がない、窓にはガラスがない。われわれが食前酒を飲んで午後のひとときを過ごした海に面した美しいバルコニーで、彼らは火をおこし、わずかばかりの食べ物を煮炊きしている。

 ここで終わりだ。

 しかし、話は何度も繰り返された。終わりがない。終わりがあるのはテープだけだ。一人の人間が、ファックスと衛星通信による情報ではなく、どのように真実を知ったか、そのすべてを説明することはできない。」