出雲ー石見銀山ー銀山地区

遠景の山は、仙ノ山。博多の豪商神屋寿禎(かみやじゅてい)が、1526年日本海から光るもの(自然銀)を発見した場所です。銀そのもの(製錬の必要がない)が露出していました。佐渡の金山も、足尾銅山も皆最初は露天掘りでした。それ […]

出雲ー石見銀山ー龍源寺間歩

龍源寺間歩は、大久保間歩に次ぐ大きさ(長さ)です。江戸時代前期から昭和18年まだ稼働していました。 横幅2尺、高さ4尺を1日5交代で、10日間で10尺掘ったそうです。  江戸時代の鑿の跡です。工夫の汗と血を感じます。 ひ […]

出雲空港「八雲」

出雲の旅もいよいよ終わりです。出雲空港で軽く「反省会」(?)です。 赤貝三種盛り(左からぬた、姿蒸し、佃煮)しかし、これは赤貝ではありません。サルホウガイの山陰地方での呼び名がアカガイなのです。  うなぎ陶板焼き これで […]

出雲ー石見銀山ー羅漢寺、五百羅漢

温泉津町(ゆのつまち)の坪内平七一門の石工が25年の歳月をかけ、五百羅漢を掘りました。その羅漢を守るために羅漢寺を建立しました(1766年)。 この赤い扉の奥に五百羅漢が安置されています。銀山で働いていた人たちの供養のた […]

出雲ー石見銀山ー清水谷精錬所跡

明治27年(1894)に藤田組(現DOWAホールディングス)が建設に着手しました。鉱石の品質が予想より低かったため、1年半しか使用しませんでした。鉱石採掘場所、選鉱場所、鉱石を運ぶトロッコなどを考えると、壮大なスケールに […]

出雲ー石見銀山ー新切間歩

新切間歩(しんきりまぶ)永久、大久保、龍源寺、新横相とともに五か山と呼ばれています。1713年に水抜き抗として掘られました。 坑道は520m。大森地区に最も近く、最も低い場所にある間歩です。  青紅葉が目に沁みます。 & […]

出雲ー石見銀山ー大久保石見守墓所

甲州にいた大久保長安(元の名、藤十郎)は、鉱山に明るかったため、1600年徳川家康の命により当地に派遣されました。翌年初代奉行となり、それまでの竪掘りから横掘り(坑道掘り)に替え、13.5tもの銀を産出し、石見銀山の最盛 […]

出雲ー石見銀山ー集落跡

この石垣の上に家が建っていました。何と雨の日でも傘がいらなかった程だそうです。その位軒先が連なっていたということです。石垣は延々山の上まであります。  

出雲ー石見銀山ー大森地区

多伎の海岸。夕陽が綺麗でしょうねー・・・。 石見銀山 大森地区 大森代官所跡                  大森の家並 銀産業を支えた商家や武家屋敷が並びます 「うめの店」で昼食。松花堂弁当。お刺身は、平目、イカ、は […]

出雲ー八重垣神社

出雲の旅最後の神社です(あくまで予定。この時点では)。 「八雲立つ出雲八重垣妻込みに八重垣造る其の八重垣を」この和歌の「八重垣」がこの神社の名前の由来とは、ここに来るまで知りませんでした(和歌は高校時代から知っていました […]