三陸津波被災地への旅その63-石巻、大川小学校

朝から大間違いをしてしまいました。ナビに「大川小学校」と入力し、案内を開始しました。途中で全く違うところにナビされていることに気付きましたが、兎に角行ってみることにしました。勿論、そこは大川小学校ではありませんでした。大川小学校が吸収合併された小学校のようです。

当たり前です。旧大川小学校は存在していません。ググってWebサイトで震災遺構大川小学校の住所を入力し、向かいます。

雨のためか三連休にもかかわらず、訪問者はゼロです。死亡した児童の親たちが担う語り部の方々がいらっしゃると思っていましたが、一人もいらっしゃいません。

雨のせいなのか、訪問者がいないためなのか、非常に悲しくなります。人災で亡くなってしまった児童のことを考えますと、無念な気持ちになります。

実にモダンな設計の校舎です。

卒業記念の大きな制作物です。よく残りました。

山の中腹の横のラインの場所は、シイタケ栽培をしたり、写生をしたりする場所です。日常的に使っていました。

そこに避難していれば。

全校生徒が避難できるスペースがあります。

その場所へ続くなだらかなスロープです。一年生でも登ることができます。どうして地震から一時間近くも校庭で立っていたのでしょうか。

最も数多くの児童の遺体発見現場です。以前は花壇だったのですが、どうしたのでしょうか?

石巻市日和山から見た石巻大橋方向です。あまり復興は進んでいないようです。

ここに来るまでに女川に寄りましたので、もう16時近くです。レンタカー返却予定時刻は17時。とても間に合いそうにありません。どうしても寄りたい場所がありますので、先を急ぎます。

 

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