三陸津波被災地への旅その61-南三陸町

本来は明日行く予定でしたが、明日の行程が長いため、南三陸町へ向かいます。旧向洋高校は気仙沼中心街よりかなり南(南三陸町寄り)に位置します。なので行くことにします。

しかし、さんさん商店街は古いナビにはなく、町役場を目的地に設定します。しかし、それは現在の二年前に完成した役場の場所ではありません。なので途中でナビを切りました。

道路付きは二年前と大きく異なっており、商店街を見逃すところでした。

南三陸町防災庁舎です。防災庁舎周辺へは今回も行くことができません。付近を希望の丘として整備しているそうです。しかし、それはかなりおかしいことです。町ではこの防災庁舎を保存する予算がたたず、宮城県が31年まで管理(保存)することになっています。つまりその後のことは決まっていないにもかかわらず、周囲を整備しようとしてる訳です。失礼ですが、「あほか?!」と言いたくなります。ま~、地方自治体、特に被災した自治体はそれだけ疲弊している訳です。にもかかわらず、被災地はどこも過剰なほど立派な箱物が造られています。ここも立派な町役場が建っています。http://www.inter-esse.net/archives/23168

日曜日の夕方5時の状況です。どこもガラガラです。地元の商店街というより観光施設と言った方が良いのでしょうから、仕方ないのかも知れません。しかし、出店された方たち大変でしょうね。今後が心配です。

全くといっていいほど人がいません。もう閉めている商店も結構あります。

 

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