三陸津波被災地への旅その59-陸前高田「鶴亀鮨」

昨晩は京香からお店の直ぐそばのホテルに戻り、ワインを買ってあったのですが、一滴も飲まずに寝てしまいました。朝が早かったため疲れていたのでしょう。

飲酒量が少なかったことと早めに寝たおかげで、早く起き、早く出発できました(9時ころ)。陸前高田を目指します。

陸前高田の巨大な防潮堤が見えます。

語り部の方に一度連れられた箱根山(海抜634m)に登ります。

広田半島を望みます。

津波で全滅した高田松原の松を育てています。松ぼっくり持っている方がおり、そこから種を採り、育てています。4年間で大分生長しました。松原が再生されると素晴らしいですが。

陸前高田市役所はまだ仮説のプレハブのままです。いずれ高台嵩上げ地に移転する予定です。

以前はJRのバス停があった場所です。どこへ移動してしまったのでしょうか?

立派なコミュニテイホールです。後で判りますが同じような機能の建物を建設中です。

バス停は市役所の向かい側にありましたが、JRの駅の機能はありません。

街の中心部は12m嵩上げされ、ショッピングセンター等があります。

こちらは図書館です。

二年前より店舗の種類が増えたようです。右奥に建設中の大きな建物は、市民文化会館です。高台地区にあるコミュニティホールと同じような機能です。二つも必要なのでしょうか。維持費が大変です。建設は税金と寄付です。コミュニティホールはシンガポールからの寄付金で造りました。

しかし、旧市街地にあった店舗はあまり増えていません。

鶴亀鮨はショッピングセンターの向かいに、昨年8月にオープンしました。新店舗への訪問は初めてです。

饒舌な大将が息子と頑張っています。嵩上げ市街地に人は住んでなく、徒歩でこの店に来れる人はいません。夜の売上が見込めないため、昼が勝負とのことで、市役所と何度も掛け合い、この場所に出店できるようになったそうです。
70歳の方が新たに借金をし、営業を再開したのですから凄いものです。相当苦労しているようです。
大将はいつも帽子をかぶり、今日より派手なポロシャツの人ね、と覚えてくれていました。
お酒を飲み、刺身をつまんで沢山のお金を落とすことを考えたのですが、訪れたい場所があるため、今回は特上鮨だけです。ごめんなさい。一度陸前高田に宿泊することを計画しなければなりません。

ショッピングセンターが面する道路の南北方向です。殆ど建物が建っていません。そして、驚くことにもうこれ以上民間の建物が建つことはないそうです。3000億円もかけて嵩上げ工事をしたにもかかわらず、出来上がったもの広大な空き地です。何ということでしょう。

学習塾ができていました。移転計画があることは二年前に知っていました。しかし、通塾は大変です。歩いて来ることはできません。自転車の場合は往路は全て下り、復路は全行程上りです。しかも場所によってはかなり急坂です。
大きな駐車スペースがあります。親が送迎しているのですね。

新しくできた情報館です。見学者は誰もいません。係員もいません。

この舟は津波で流され、アメリカに辿り着き返還されたものです。

JRのバス停はショッピングセンターの向かいに移転していました。

JRの駅ですからみどりの窓口があります。

駅舎内です。大船渡線と気仙沼線は両方とも鉄道を復旧せず、維持費が安いBRT(bus rapid transit)にしています。多くの区間を元の線路が敷かれていた場所をアスファルト舗装し、専用道路として運航しています。良い点は鉄道駅より、バス停が増えたことです(後で例示します)。

もう一軒学習塾がありました。

校門前から海を望みます。遠くに巨大な防潮堤が見えます。
県立高田高校です。道路が変わっていたため見つけるのが大変でした。

高校のすぐ下にある総合体育館です。二年前にはありませんでした。

福島県楢葉町にあるスカイ・アリーナ同様実に立派な施設です。

料金表(左)と予約表です
アリーナ入り口から高校の校舎が見えます。

バス停も全く場所が変わっていました。BRTのバス停もあります。

嵩上げ地区です。電柱ばかりが目立ちます。ここはこのままなのでしょうか?

震災遺構「下宿定住促進住宅」です。若い世代向けの市営住宅でした。4Fまでのベランダや窓は全て破壊されていますが、津波は5Fの床まで到達しています。津波の巨大さが分かります。ですから12mの嵩上げをした訳です。

陸前高田は前回と道路が全くといっていいほど変わっています。この国道45号線さえ少し内陸側に移っています。

野球場が整備されています。他にもグラウンドが整備中です。

旧道の駅です。これも震災遺構です。以前は45線に面していました。今後周りが整備されるものと思われます。
その遺構前から、嵩上げ用の土砂を掘り出していた高台住宅地を望んでいます。

高田松原津波復興記念公園として「東日本大震災津波伝承館」(9/23オープンのため見られませんでした)と「道の駅高田松原」があります。

道の駅はオープンしたばかりですが、大変な賑わいです。鶴亀鮨の大将が、伝承館と道の駅ができると嵩上げ地に観光客が来なくなる、と嘆き、市の政策に苦言を呈していましたが、現実のものになりそうです。

ここの防潮堤は緑におおわれています。そして、その先には奇跡の一本松があります。ここが陸前高田一の観光スポットになることでしょう。大将の嘆きが聞こえます。

道の駅の外観です。

遠くに見えるのが土砂を採取していた場所に造成した高台住宅地です。建物が建っているので入れるかもと思い来てみましたが、まだ造成中で入れませんでした。来年ですね。

震災遺構の気仙中学校です。気仙沼中学校ではありません。流れている川を気仙川といいます。中学は津波が市内で一番早く到達したエリアにあります。鉄筋コンクリート3階建の校舎は完全に津波で水没してしまいました。

巨大な橋脚は土砂採取地から運搬するためのベルトコンベヤーが架けられていた橋の跡です。何故橋脚だけ残しているのでしょうか。

気仙川に新たに架けられた国道45号線の橋です(奥)。

 

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